いつもは柔らかい繊維の中に細く潜り込む朝の冷えた風が肌を撫でる。そのたびに冷え性の足を擦り合わせて胎児のように背中を丸めて目を閉じるのに、今朝はその冷たい足に、淡い熱を感じる温かい足が絡まっていた。

もぞり、と同時に喉の乾きを感じたわたしが起き上がろうと腰を捻れば、2人分に軋んだベッドのスプリングに、隣のその大きな身体も合わせて寝返りを打つ。寝息が交わるほど至近距離に貴方の子供のような寝顔が映り、一瞬で私の目は覚醒してしまった。



「花巻くん、」




そっと蚊の鳴くような声で呼びかけてみる。微かに衣服からはお酒の香りがした。

もう一度呼びかけてみても、この大きな身体はぴくりともしない。すう、すうなんて無防備な吐息と呼吸に合わせて動く肩。なんとも寝顔が子供らしい貴方の頬に、不意に触れてみようと手を伸ばしてみれば。


「すとっぷ、」
「うわ、」


その手をまんまと取られて貴方はぱっちりと、瞳をわたしに向けた。


「起きてるじゃない、」
「なにしようとしてたの、えっち」
「無防備にわたしのベッドで寝てるなんて、悪戯だよ」
「逆だろ」



俺の腕の中で、無防備に寝てるなんて。と笑った貴方を、見下ろすようにわたしは肘を落として起き上がった。白いシーツを背景に、まだ眠たげに瞼がとろんとしている貴方の顔が写った。

「花巻くん、おはよう。」
「おはよう。なに、この距離、ちゅーしてくれんの?」
「昨日はありがと。」

とぼけた貴方が、昨日飲み会あとにも関わらずわたしの危篤を心配して家に飛び込んできてくれたことを知っている。危篤と言っても、ただの風邪で立ち上がれないほどに頭がガンガン、ディスコの鳴り響くBGMにも似ない爆音に殴られるような頭痛に悩んでうんうん唸っていただけだけど。

インターフォンが鳴り、よろよろと、次いで床をはいはいして玄関を開ければ、振ったのか底が少し破けてスポーツドリンクが見え隠れしていたコンビニビニールを片手に、酒臭さを纏った花巻くんが立っていた。

その赤い頬は、走ってきたからか。酔っていたからなのか。わからないけれど。

そのまま私を抱きしめて、足を持たれてお姫様だっこなんて体感した瞬間の、足が地から離れた瞬間にふわり感じた頭痛と意識は、貴方の胸板に顔を押し付けた後で途切れている。




「頭は?」
「痛くない、喉乾いた」
「はいはい、」


貴方のお腹に乗っかって、肘を顔横に見下ろすわたしに構わず立ち上がるかと思えば、退こうと腰を動かしたわたしを抱いて そっと顔を近づけて来た。唇に彼の吐息が撫でつけるように当たり、きゅんっと鳴った心臓に身を任せておずおずとわたしは目を閉じたのに、求めていた柔らかさは唇には触れてくれず、代わりにコツン、とおでこに柔らかな体温が触れた。



「熱はなーし、よかったなぁ」
「…ひどい」
「うん?」
「もういい、喉乾いた」
「はいはい」


わたしを抱いて、ベッドから抜け出す貴方。不思議と今日は温いベットが恋しく感じることなく抜け出せた。それはきっと貴方のせいだ。


「昨日風呂入った?入る?今ならお身体お流ししますよお嬢様」
「変態貴大、帰って」
「お前の熱が下がって、じゅるじゅるのその鼻が治ったらな」

そっとリビングにわたしを降ろして、あなたはいつも通り慣れた仕草でわたしの家のキッチンを巡り、わたしでは足場なしでは届かないような食器棚の上からコーヒーメーカーを取りカップを用意していた。

その後ろ姿を眺め、グラスに水道水を入れて飲みほせば、ぬるい温度に身体の力が抜けた気がした。





熱の引いた頭で、貴方にいつ渡そうか渡そうかと悩んだ、お気に入りのバレーボールのキーホルダーがついた合鍵をそっと引き出しから取り出して眺めていれば、コーヒーを入れた貴方にそっと抱きしめられた。柔らかい熱。それでもがっしりとした貴方の身体は、あのころからなんにも変わっていない。

ほら、その唇を食むように包むように触れる唇のキスの仕方も。




「…風邪うつるよ」
「そりゃ困る、俺看病してくれる人近所にいねぇもん。お前も、ほら、風邪ひいた時とか、なにか、あった時とか…困るじゃん」


…だから。その。
と意味ありげな言葉と私の腰に手を回す貴方、わたしもそろそろ、2人で包まる布団の温もりも柔らかい貴方の体温が恋しくなってきたところなので。


わたしはそっと、貴方の大きな手に指を重ね、その小さな合鍵を握らせたのだ。


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