春の大決算
タクトは悩んでいた。
というのも、このパーティの収支について頭を抱えるほどの問題を抱えてしまっているからである。
苦悩するタクトを見かねてか、二人の仲間が様子を見に来た。ユランとフィリアである。フィリアは心配そうに、ユランは怪訝そうにタクトの顔色をうかがう。
「タクトさん? 何をやっているんですか?」
「家計簿をつけている」
「かけいぼ……? って、何よソレ」
ふー、と息をつくタクトの手元には、分厚い手帳らしきものが置いてある。そこには、収入と支出の記録がビッシリと書かれていた。
「言うなれば、カネのセーブデータだ。こうしておけば、どっかの阿呆の浪費家も現状を理解するだろうと思ってな」
その顔からは疲労が見て取れた。
タクトも好きで家計簿なんてものをつけているわけではない。必要に迫られて書いているだけだ。そうでなければ、こんなお金に堅実な主婦みたいなことはしていない。
そして、そのどっかの阿呆の浪費家はというと、タクトの横から手帳をげんなりと眺めていた。
「へぇ〜……うわっ、薬草代まで書いてるわけ? 本っ当に細かい男ねー」
「言うことはそれだけかお前……」
更に頭が痛くなってきた。家計簿という形に表しても、この阿呆は未だ理解していないらしい。あのフィリアですら、苦笑して何も言わないでいるというのに。
「お前コレ……まだカネの概念が理解出来ていないとか言わないだろうな?!」
「ちょっ、馬鹿にしてる?! そんくらいとっくに理解してるわよ!」
「だったらこの収支も見れば分かるだろ!! このパーティのかつかつの経済状況が!!」
「……かつかつでも生きていければいいんじゃね?」
呑気に構えるユランに、タクトがついに吠えた。
「いざという時どうするつもりなんだお前はーーっ!!」
「た、タクトさん……とりあえず落ち着いてください」
浪費家のユランと倹約家のタクトがお金のことを話し合ったところで、全く意味をなさないことは明らかだった。
「賑やかだと思ったら、一体何の騒ぎ? ……まぁ、大体予想はつくけど」
「あ、キルハ」
騒々しいのを聞きつけたのか、キルハが宿の二階から降りてきた。
「キルハさん、もうお体は平気なのですか?」
「うん、大丈夫だよ。ごめんね、貧血で倒れるなんて……」
キルハのその虚弱な体質は相変わらず健在だった。以前よりは良くなっていると本人は言っているが、それでも週に2、3回はぶっ倒れているのが現状である。
「無理するんじゃないぞキルハ。そして、そこの阿呆はもう少し無理をしろ主にカネの方向に」
「んなケチくさいこと言うんじゃないわよ!」
「ケチくさいんじゃなくて、お前の金遣いが荒すぎるんだろうが!!」
「武器買うのに荒いも荒くないもあったもんじゃないわ!!」
「それにしたって限度というものがあるだろう!!」
ヒートアップしていく二人を止めたのは、やはりキルハだった。
「まぁまぁ、二人ともそう熱くならずに。武器を買うのも大切なことだし、お金を貯めておくのも良いことだと思うよ? 二人とも、それは分かっているんだろう?」
キルハの仲介に、二人はぐっと押し黙った。そう、それは分かっている。ただ……
「ユラン、武器を買うのは許そう。時として買いすぎるのも……まぁ、目をつぶろう。しかしだな……」
タクトは、別に武器を買うことに関して否定的ではない。自分達が日々使うものであるし、耐久性の優れたものであろうと、使っている内に壊れてしまうことも多々ある。ユランのようにコレクションのごとく収集するのは少々やり過ぎではないかと思うところもあるが、集めているものは実用的なものだし、それもまぁ今は良いとする。
ソレより、今はもっと大きい問題を抱えているのだから。
「戦闘の時、お前のやけにカネを消費する特技を惜しげもなく披露するのは止めてくれないか!!」
現在、ユランの職業はスーパースターである。ちなみに、最初は旅芸人、そしてなぜか賢者を経由してのスーパースターであった。
「えぇ〜……そんなこと言ったら、何のためにスーパースターになったのか分からないじゃなーい」
「知ったことか!! その攻撃のせいで、どれだけ家計に負担かけているのかこそ分からないだろうお前は!!」
主に、サイン投げ、キラージャグリング、などなど……特にお金を消費する特技と言えば、ゴールドシャワーである。技の説明を受けた時、思わず乾いた笑いを押さえきれなかったタクトであった。
「見ている方は飽きないのですけどね」
「まぁ、派手だからねぇ……」
フィリアとキルハはつい最近の戦闘シーンを思い出す。ムカつくヤツを思い出すから、という理由で、宝の地図のボス・イボイノス相手に、サインとカラフルボールを投げつけまくっていた。ちなみに、ユランのムカつくヤツ、というのは……イノシシの顔したあの将軍のことだ。イノシシ将軍にされた仕打ちを忘れていないユランだった。
また、タクトもその戦闘のことを思い出していたらしい。回想していたタクトの目は、何かを諦めたかのようにどこか遠かった。
「……特技を出すなとは言わない。ただな、戦利品を上回る勢いでカネを使いまくるのは止めろ!! サインは投げたら拾う! ボールは洗って回収する! 再利用という言葉を覚えろ!!」
「えぇーーっ!! そんなこといちいちやってたら格好つかないじゃないのよーっ!」
「体裁考える前にウチの財政状況を考えろ!」
言うなれば、家計が火の車状態なのである。
「タクトのケチ! もしおカネが足りなくなったらその分借金してやる! タクト名義で借りてやるんだからーーっ!!」
「悪質な嫌がらせか?! というか、お前が特技出すの控えたら解決する問題だろうが!!」
それもそうなのだが、きっとユランは聞かないだろう。キルハは妥協案を出す。
「えーと、それじゃあ……特技にかかる費用は自分で出すことにしようよ。ユラン、それで良いでしょ?」
「くっ……まぁ、仕方ないかしらね」
それなりのカネを使っている自覚があるのか、ユランは素直に頷いた。
「でも借金はしてはいけませんよユランさん」
先ほどの発言のためか、フィリアがやんわりと釘を刺した。
「わ、分かってるわよ! 借りるくらいだったらモンスター倒してた方が楽に決まってるし!!」
「何だ、ちゃんと分かってるんじゃないか」
ユランの言葉に、タクトが意外そうな顔をする。
天使だったからか、人間界における観念からどこかズレたところのあるユランだったが、さすがにお金に関する常識は身に付けたようである。
「私だってそれくらい分かってるもんね! じゃ、まぁ……早速カネ稼ぎに行くことにしようかしらねー」
得意気に胸を張ると、ユランは一枚の地図を取り出した。どうやら、この地図の洞窟に行くことにしたらしいが。
「いやぁ、実はこの地図ゴールデンスライムが出るらしくてさ」
ゴールデンスライムといえば、倒すと10000ゴールドも貰えるという金づる……もといモンスターである。
そのユランが持っている地図を、キルハとフィリアは覗き込んだ。
「へぇ、すごいなぁ。これ一匹倒せばゴールドシャワーが十回出来るじゃないか」
「ふっふっふ……コイツを倒しまくれば、特技使いまくったところでタクトに文句言われずに済むって寸法よ!」
「さすがユランさん! こんな地図を持っていたなんて……!!」
これならあっという間に特技のための金を稼げる〜……と呑気に喜んでいられるタクトではなかった。
「……いや、最初っからその地図出せば解決する問題だったじゃないかーーっ!!」
悩んでいた時間を返せ。
とはいえ、ゴールデンスライムがそうそう何匹も姿を現すわけもなく、それらは全てユランの特技代に消えたのだった。
それでも、特技の費用が負担にならなくなった分だけ、タクトの苦悩は消えることとなったのだから、それで良しとしよう――とは、パーティ全員の考えるところである。
春の大決算
(決算というか、反省会だったよね……?)
―――――
タクトは最早お母さんの域。
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