春風舞う季節と共に | ナノ


予想外の想定外

「タクト、アンタ本当に一度ダーマ神殿から飛び降りた方が良い」


「……いきなり随分な物言いだな」


朝、リッカの宿屋にて。開口一番に大真面目な顔でユランはタクトに詰め寄った。


「ど、どうしたのユラン……」


「何かあったんですか……?」


さすがのキルハとフィリアも引き気味にユランを見ている。
するとタクトを見ていた顔がキルハとフィリアに向いた。その顔は若干どころかかなり渋面に見える。


「だって……!! タクトってばバレンタインデーのお返しとか言ってこんなもんをくれやがったのよ?!」


ユランの持っていたは包装紙に包まれた何か。立派な装丁の……これはきっと。


「……本だね」


「本ですね」


しかも、わりと分厚さのある本。


「アホじゃないの!! 私が本を読むように見える?!」


「アホなのはお前の頭だろ!? 少しはしっかり本を読め!!」


いつものケンカが始まった。


「あーもう、ケンカしないで。ユラン、中身を読みもしないでそんなこと言わない! タクトはタクトで、何だってそんなけったいなものあげたんだい」


「それは……バレンタインデーがあんなことになったのにヤツだけ喜ぶものをあげるのは何かシャクだろうが!!」


「んな仕返しみたいに……」


「まぁ、気持ちは分からなくもありませんが……」


タクトの悪夢は現実にはならなかった……ようだが、しかし現実はまた違った意味で悪夢であった。タクトだけでなく、キルハもフィリアもあのバレンタインデーを思い出すと苦笑いしか浮かべることか出来ない。


「いやぁ……あれはすごかった」


キルハはしみじみと呟いた。


「すごかったなんてもんじゃないだろうアレは!」


「まぁまぁ、落ち着いてくださいタクトさん。でもユランさん、さすがにアレは無いと思います」


「もうっ、キルハとフィリアはどっちの味方なのよー?!」


どっちと言われても困る。どちらの言い分も分からなくない、というか……つまるところ、どっちもどっち、五十歩百歩であった。


「だいたいね、渡し方もどうかと思うのよ! 起きたら枕元に置いてあるって……サンタさんかっ!!」


「おお、ユランがツッコミとは珍しいねぇ」


「感心してる場合じゃありませんよキルハさん」


そんな外野の指摘やツッコミを無視したまま、ユランとタクトの口論は続く。


「仕方ないだろ! 起こしたら悪いと思ってそのままにしておいたんだ!! というか、お前いつまで寝てるんだ、もう昼になりかけてたぞ?!」


「休みの日くらい、まったりゆっくりのんびり過ごしてたってバチ当たらないわよ!!」


「まったりゆっくりのんびりにも程があるだろうが!! お前は日曜日のお父さんか!!」


放って置けばいつまでも続きそうなケンカを繰り広げる二人を、もはや諦めたように見守るキルハとフィリア。視線が何だか生暖かい。


「これ、ほっといたらどのくらい続くんだろうね。日くらいなら軽く三度は暮れそうだ」


「そうですね、何時間……いえ、何日続くのか今度計測してみたいものです」


「いや、そこはツッコんで欲しかったんだけどなフィリア。しかも計測はすでに日付単位が前提なんだね……」


ボケとツッコミが入れ替わり立ち替わりに変わるので、まさに混沌な状態となっている。


「というかタクト、ユランに本をプレゼントするならもっと簡単なものにしてあげなよ……」


「簡単なものと言うと何だ?」


「……絵本とか?」


「……ユランを何歳児だと思ってるんだお前は?! というか、そんなの子供ならともかくユランのためにならんだろう!!」


一応は、ユランのこともちゃんと考えていたらしい。まぁ、それにしても絵本はさすがにナイと思う。


「いや、うん、絵本は言い過ぎだけど。だからさ、もう少し一般人向けの本の方が良いんじゃないかなーと」


「一般人向け? そんなもの本のどこに書いてあるんだ」


至極真面目な顔をして訊ねるタクトにキルハは一瞬閉口した。


「…………俺さ、タクトって実はものすごい天然なんじゃないかとたまーに思うんだよね」


「は?!」


「あら、実は私もそう思います。……ところでユランさん、先程から静かですがどうかなさいましたか?」


フィリアに言われて気が付いた。そう言えば、少し前からユランの声が聞こえなくなっていた。


「ユラン?」


「…………どうしよう、」


「「「は?」」」


三人の声が重なった。何が深刻そうに“どうしよう”なのか分からない。
すると、ユランは本に向けていた顔を三人に向けた……目を輝かせながら。


「これ、すごい面白いかもしれない……!!」


「ええぇ?!」


「本当ですかユランさん!」


予想外の反応に三人が三人驚いていた。タクトなどは半ば呆然とした面持ちである。


「って、何驚いてるのさタクト! この本あげたの君だろ?!」


「いや、さすがにこんな反応をするとは思わなかったというか……」


ユランのために選んだ本ではある。ユランの持つ本の背表紙には『錬金術大全』とあった。


「ありがとうタクト!!」


「……いや、別に」


こんなときばかりは無邪気な笑顔を向けるユラン。目を反らしつつぼそりと返答したタクトの頬に朱がさす。――笑顔でお礼を言われることになろうとは、想定外であった。


「あれ……何だろう、この甘酸っぱい感じ」


「今日はホワイトデーですから」


おいてけぼりな外野がよく分からない締め方をしたところで、今回のホワイトデーの話は終わりである。


「うーん、俺達はいつバレンタインのお返しを渡せばいいのか……」


そして、終始タイミングを掴めなかったキルハとフィリアであったとさ。









予想外の想定外
(『錬金術大全』シュタイン書房 定価2000G)


―――――
ホワイトデーには、ちゃんと女の子が喜ぶモノをあげましょう。

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