魔法使いとの出会い
王都セントシュタインから北に真っ直ぐ進み、湖を通り畑を通り過ぎたその先に。
小さい静かな村、エラフィタ村があった。
中央にそびえ立つ巨大な桜の木は、神木と崇められていて、その桜を見にやってくる旅行客もいるほどだ。
そんなエラフィタに、桜の花びらを巻き込んだ春の風が吹く。
少年の癖のある焦げ茶の髪が吹かれてふわりと揺れた。
「……ここはもう、すっかり春なんだな」
窓から舞い込んだ薄ピンクの花びらを眺め、それを器用に手で掴み取りながら、少年――タクトは呟いた。
彼はこの春、エルシオン学院を卒業したばかりである。
エルシオン学院のあるエルマニオンは極寒の地であり、かなり寒い。一年中冬のような気候のために、一年中溶けることの無い雪。学院の創設者は、なぜこんなところに学院を設立したのだろうか。心身共に強くなって欲しいという願いが込められているという話であったが、ただ単に予算が無かっただけという噂も聞いた。
はっきり言って、後者の方が現実味を帯びていると思った。
(ま、どっちでも良いけど)
とにかく、自分は卒業したのだから年中寒いのとはおさらばだ。寒いのは冬だけで充分。暑すぎるのも寒すぎるのも苦手だったタクトにとって、エラフィタの気候・気温は共に最適だった。
「……なんだか、外が騒々しい気がする」
片手に持っていた本を本棚に戻し、外を見る。
窓の外には、異様な光景が広がっていた。
「…………んな、」
老婆と木こりと……黒い甲冑を身に纏った男がいる。馬に乗っている黒い男――黒騎士は、何かを問い詰めるように木こりに迫っていた。対する木こりは、完全に腰が抜けてる。
見たところ、木こりを襲う気はなさそうだが、このままでは騒ぎが大きくなるばかりだ。護身用にと一応短剣を持ち出し、木こりと黒騎士の元へと急いだ。
「これは一体何の騒ぎだ?」
「た、助けてくれえぇっ!!」
腰の抜けていた木こりは、タクトが登場すると、こちらに向かって這いつくばうように逃げてきた。
「木こりよ、なぜ逃げる……? 私は話を聞きたかっただけだ。お前には何もしない。安心しろ……」
そんなナリじゃ安心なんて出来るわけないだろう、とタクトは心の中で思った。全身黒で、馬まで黒く、背中には巨大な剣を背負っている姿は、はっきり言って不気味だ。
「う……ウソこくでねぇっ! オラ森の中でアンタのこと探してる女の魔物に出会っただ! 真っ赤な目を光らせながら我が下僕の黒い騎士を見なかったか……ってよ! あんた……あの魔物の下僕なんだろッ!?」
「この私が魔物の下僕だと……?! 何を馬鹿なことを……!」
憤慨した黒騎士に、木こりが震え上がる。傍らの老婆もどうすれば良いか分からないのと怖いのとで完全に固まっていた。
これはどうしたものか、と途方に暮れかけた時、後ろから足音と共に、
「レオコーン!!」
という少女の大きい声が聞こえてきた。
振り向くと、紫色の髪の少女が走ってくるところだった。黒騎士に駆け寄ってきた少女に、当の黒騎士は驚きの声を上げる。
「そなたは……! 確か、ユランと申したか。なぜこのような場所に?」
しかも、少女は黒騎士の知り合いだった。ということは、さっき少女が呼んでいたのは黒騎士の名前か。そして、ユランというのが少女の名前らしい。
「……そうか。ルディアノ王国の手がかりを……。こんな私のために、すまないな」
「ルディアノだと?」
思わず口をついた言葉に、黒騎士とユランだとかいう少女が振り返った。
「ルディアノのことを知ってるの?!」
「知ってるも何も、俺はルディアノの遠縁で……」
そう言った途端、今度は自分に黒騎士が詰め寄ってきた。タクトの後ろに隠れていた木こりが「ひぃぃぃっ!!」と悲鳴を上げて、後じさる。
「教えてくれ、ルディアノはどこにある?!」
「ルディアノなら……道なりに北へ向かったところに」
城跡が……と言いかけないうちに、黒騎士はさっと馬を方向転換させ、出発しようとしていた。
「そうか、礼を言うぞ少年。では私は北へ向かうとしよう!」
高らかに宣言すると、黒騎士は馬を走らせ颯爽と去って行ってしまった。
「何だったんだ一体……」
黒騎士の姿が見えなくなるまで見送ると、一気に脱力した。ここまで気疲れしたのは久しぶりだ。
それにしてもルディアノを知っている人がいるとは。あの黒騎士のことが少し気になったが……かぶりを振って家に引き返す。今更だ。ルディアノはとうに滅びた。
少女の声に呼び止められたのは、その時だった。振り向くと、先程の少女が駆け寄ってきた。
「ねぇ、何でルディアノのこと知ってるの」
この少女もルディアノのことを知っていた。黒騎士と話していたから知っていたのか、それとも、もしかすると……
「本当にあったかも分からないのに。わらべ歌くらいしか手がかりないし、王様もそんな国聞いたことないって言ってたし、私も知らない」
「…………」
……考えすぎだったか。もしかしたら彼女はルディアノの末裔なのでは、なんて。
まさかとは思ったが、溜め息をついてしまう。そこまで期待していなかったため落胆は大きくなかった。けれど自分はまだ期待しているらしい。少々苦い思いをしてしまった。
しかし、目の前で少女は別の意味で溜め息をつかれたと思ったらしい。不機嫌そうにタクトを睨んできた。
「ちょっと、今のどういう意味」
「いや、何でもない」
「何でもなかったら相手の顔見て溜め息なんかこぼさないでしょ。バカにしてるの? いや、むしろバカにしてるでしょ……!!」
「別にバカにしてるとかじゃ……」
「じゃあ何!! こいつ俺の好みじゃねぇなとか思った?! 最低ね!」
「だから違うと言ってるだろ!」
人の話を聞きやしない。
また何か言おうとする少女を遮り、とにかく誤解を解こうと早口に説明した。
「ルディアノのこと知ってるから驚いたんだ。君が言ったようにルディアノは知ってる人はほとんどいない。だから、君はもしかしたらルディアノの生き残りなんじゃないかって……」
「はぁ、なるほど。つまり勝手に勘違いして勝手に落胆したのね。でもだからって目の前で溜め息なんかつかないでくれる?」
「……それは悪かった」
納得したのか、機嫌を直したらしい少女は「まぁ、そういうことなら別に許すけど」と変に上から目線にのたまった。少しムカついたが、元はと言えば自分の溜め息が原因である。ここで怒るのは大人げない。
「あれ……そういえば生き残りって言った?」
先程の説明につっかかりを覚えた少女はルディアノの生き残りと言ったタクトの言葉に首を傾げた。生き残りなんて言ったら、それはまるで……
「ああ、ルディアノはとっくに滅びているからな」
あまりにあっさりと言ったせいか、少女ユランは一瞬理解出来なかったようだ。
「…………え、ええぇぇっ!! 滅びた?!」
「だいぶ昔のことだぞ。ルディアノなんて、知らない人の方が多いだろ」
衝撃の事実に、ユランはショックを隠しきれなかった。
相手の動揺っぷりに困惑したタクトは、とりあえず事情を聞いてみることにしたのだった……。
春風舞う季節と共に
〜魔法使いとの出会い〜
訳あり少女がやって来た。
―――――
これが一人目の仲間、タクトとの出会いでしたとさ。