白い日2013
「あ、ルウ。おはよう」
とあるまだ少し肌寒い朝。
ルウはいつものように起床し、身支度を整えて1階に降りてきた。まだ利用客の少ない時間で、リッカがカウンターで宿帳を出していたところだ。
「おはよう、リッカ」
ルウが返事をすると、リッカは手招きした。何だろう、とルウがカウンターへ歩いて行くと、リッカは平たい箱を取り出した。
「はい、これ。今日はホワイトデーだから」
「え?あ、ありがとう」
ルウは箱を受け取った。よく見るとリボンに紙が挟まっている。
「…?」
ルウは不思議に思い、紙を抜き取った。リッカは何か意味有り気にニコニコしている。
ルウは折りたたまれていた紙を開いてみた。
“教会”
さらっとした手書きの文字でそう書かれていた。どこかで見たような字だ、とルウは首をかしげる。
「天の声、よ。メッセージの通りに出かけなさいって」
リッカがニコニコしながら言った。
「?…うん、わかった。じゃあ…行ってきます?」
よくわからないが、どうせ今日は何もないのだ。ルウはリッカの言う通りに出かけることにした。
宿屋を出て、右。
広い道を城に向かって歩き、掲示板を右に回る。まだ人がまばらな道は、清々しい風が吹いていた。
道なりに行けば、教会だ。
観音開きの扉を開けると、神父が本を読んでいた。扉の開いた音で顔を上げると、優しい笑みを浮かべた。
「おや、ルウ。意外と早かったね」
「おはようございます。えーっと、早かったってどういう…?」
「まあ、こちらに来なさい」
神父はルウを祭壇に呼び寄せた。
訳のわからないままルウが向かうと、神父は小さな箱を取り出した。
「この前のお返しだ。とても美味しかったよ」
箱とリボンのすき間にはまた紙が挟まっていた。ルウはそれを開く。
“セントシュタイン城”
「気の長い人だけど、退屈だといけないから早めに行ってあげなさい」
そう言って神父は笑みを深めた。
◆ ◆ ◆
ルウは、神父から貰った天の声の通りにセントシュタイン城へ向かった。門番の兵士は、ルウを快く通してくれた。
「まあ!ルウ様、よくいらっしゃいました」
玉座の間に案内されると、フィオーネ姫が迎えてくれた。
「こんな朝早くにお伺いしてすみません、フィオーネ姫様」
「いいえ、そんなことはありません。天の声のお導きなのでしょう?」
フィオーネはにっこりしてそう言った。そして使用人に声をかけて、何かを持ってこさせた。
「この前のお菓子、とても美味でございました。こちら、わたくしからささやかながらお返しです。お納めくださいまし」
使用人が差し出したビロードのトレイには、細工の入った硝子のケースが乗せられていた。
ルウが蓋を開けると、ブローチと、折りたたまれた紙が入っていた。
“リッカの宿屋 2階”
ルウは今朝来た道を戻って行った。
日は高くなってきていて、暖かい空気がルウを包む。城下町は活気を見せ始めていた。
町の入り口まで戻り、左には曲がればすぐに宿屋が見える。
さて、次の天の声は2階に行くことをご所望だ。いい加減、ここまで振り回されると、天の声なるものが誰のことかがルウにもわかりかけてくる。
果たして、今会いたい彼の人は2階で待っているのだろうか。
ルウは宿屋の扉を開けた。
朝からしばらく時間が経っていたため、フロアは客で埋まってきていた。
「あ、やっと帰ってきた。ルウ、こっちこっち」
金庫番のレナがルウを見つけて呼び寄せた。何だろう、と思ってルウが傍までくると、レナはふわふわした包みを取り出した。
「はい、これ。宿屋の従業員一同からよ」
手渡された包みの上には、キメラの翼が乗せられていた。
「何でキメラの翼…?」
「何でって、そういうお達しだったからよ。天の声の」
そうレナに言われて、ルウは内心がっかりした。つまり彼の人は、キメラの翼を使わければならない程遠い場所で待っている、ということだ。
「ほら、まだ行く所があるんでしょ?待たせちゃ悪いんじゃない?」
「あ、そうだった!じゃあレナ、どうもありがとう!!」
レナは手をひらひらと振って、ルウが急いで階段を上がっていくのを見送った。
ルウが2階に到着すると、レスターが部屋からひょっこり顔を出した。
「やー、ルウちゃん。ちょっと良いかなー?」
自分達がいつも使っているエリアだった。ルウは包みを大切に抱えながら、レスターの部屋の前まで歩いた。
「えっと…、レスターが宿屋の2階担当なの?」
そう言われてレスターはキョトンとした顔になったが、すぐにいつもの笑顔になった。
「さっすがルウちゃんー。じゃーはい、これ僕からのお返しー」
ルウは細長い包みを受け取った。しかし紙がどこにもない。
指示がない、ということはつまりレスターが最後であり、今日のこの一連の細工をしたのはレスターということになる。
「あの…天の声、は?」
思っていたのと違う展開に不安になりながら、ルウは尋ねた。
「もう言わなくてもわかる、って言ってたよー?」
レスターがそう言ってくれて、ルウは心底安心した。自分は、天の声の意味を履き違えていなかった。
「もしかしてわからないー?」
「ううん、大丈夫。間違ってなくて良かった」
早速、ルウはキメラの翼を持って外に出た。
◆ ◆ ◆
彼の人は、自身を模(かたど)って造られた――必ずしも似て、いるとはいえないが――像の傍に、寄り掛かるように座っていた。
「……リオ」
ルウが近づいて名を呼ぶと、彼の人はこちらを向いて微笑んだ。
「なかなか面白かっただろ?」
「全然。だって最後まで会えないんだもん」
ルウは不満そうに言った。リオはそれを見てまた微笑う。
「なら、俺の勝ちだ。同じ思いをしたんだからな」
「リオも、会いたいって思ってくれたの?本当?」
「嘘だったらこんな面倒なことはしない」
リオは飽きれたように言った。
「…確かに!」
ルウは今日でいちばんの笑顔を見せた。
「これは、俺からだ」
リオはルウの手を取って、指輪をそっとはめた。
「女神の指輪…!」
滑らかな細工の施された指輪は、デザインに反して温かかった。
「でも、実物なんて初めて見た。どうやって手に入れたの?」
「…知りたいか?」
「やっやめときます!」
リオが楽しそうにニヤリと笑うので、ルウは言いようのない寒気がして咄嗟に答えた。
「………」
「………」
そしてお互い、優しく笑いあった。
―――――
Homonym瑜数羅さんから頂きました。バレンタインに続き、ホワイトデーのお話ですね!
お持ち帰りはお好きにどうぞ、ということでしたので、またまたお言葉に甘えまして←
リオくんとルウちゃんってば何だかもう……ごちそうさまでした(*´∀`)← 素敵サプライズにときめきを感じたのは私だけではないはずだ……!!
素敵なお話ありがとうございました。長編本編の方も楽しみにしてまーす(^^)
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