第十一章 11
「リタさんリタさん! ちょっと良いかな!」
「あら、ティルさん? どうぞお入りになって」
切羽詰まったようなティルの声に、カレンが答える。返事を聞くや否やティルはさっさと扉を開けて部屋へと入ってきた。狼狽えているようだが、何かあったのだろうか。
「カレンさんもいたんだね、ちょうど良いや」
「そんなに慌てて一体どうしましたの」
「実は、その……えっとね、」
急ぎすぎるせいか、しどろもどろになっているティルに、カレンとリタは二人で顔を見合わせた。困惑する二人をよそに、部屋にもう一人の訪問者が現れた。
「む、気がついたのか」
「おじ……村長さんっ」
部屋に緊張が走る。何と、この家の主だ。それだけではなく、村長でもあるらしい。今までこの部屋には一度も顔を出さなかったというのに、どういう風の吹き回しだろうか。
カレンは顔に出さないようにしながら警戒する。
今はティルの好意に甘えて部屋を借りている状態だが、この家の――ひいては村の全ての権限は村長にあるわけで、リタ達は出ていけと言われたら出ていく他なくなってしまう。
そうなればセントシュタインへ戻るだけだが、ひどい怪我をしただなんてリッカ達に知られたら心配をかけてしまう。出来ればそれは避けたい。
カレンが村長の様子を窺っていると、リタが控えめに声を発した。
「あの……お部屋を貸していただき、ありがとうございます……」
「ふん、話せるくらいには回復したようだな」
リタのお礼の言葉にも、村長はトゲのある言葉で返す。ティルははっとしたように村長へと言葉を捲し立てた。
「でもっ、村長さん! リタさんの体調はまだ万全じゃないみたいで……それに、まだケガも完全に治ってないし! まだ安静にしてないと……」
ティルが村長に言い募る。心配をしてくれているのは分かるが、言われる分だけリタは心苦しくなる。
「ご、ごめんね……でももう良くなってきたから……」
「えっ、あ、いやそんなリタさんが謝ることじゃ……!」
リタが謝ると、ティルは思いっきり首を振った。
何をそんなに慌てているのか、ティルはわたわたと、リタと村長の二人を交互に見る。
そんなティルにはお構い無しに、村長はリタだけを見据え、重々しく口を開いた。
「夜に教会に来い。そこで寄り合いを開くが、おぬしにも話を聞いてもらうぞ」
村長の言葉を聞いた途端、その場にいた全員が「え?」と疑問の表情を浮かべた。ティルもその言葉は予想外だったようで、目を丸くしていた。が、不安そうなのは変わりない。
「なんでリタさんを寄り合いに呼ぶの……?」
「ティル。お前も今はこの村の人間なのだ。文句は言わさん」
「で、でも……」
「いいな? 夜に教会に来るのだ」
強めに念押しをして、それだけ言うと村長はさっさと部屋を出ていってしまった。用事は寄り合いに参加するよう伝えることだったようだ。
「寄り合いって……」
「要するに村人達との話し合い、ということでしょうけれど……どうしてリタが?」
村長はリタにだけ向けて言っていたように思える。それに、よそ者嫌いだというのによそ者であるリタを参加させるというのも分からない。
「ごめんね、リタさん……まだ体が辛かったら行かなくても良いよ。僕から言っておくから」
「ううん、大丈夫……行くよ。もう歩けるくらいにはなったし」
「えっ、もう?!」
リタがナザムにやって来て約一週間が経とうとしていたが、リタのケガは治療に詳しくない者でもかなり酷いものだったことは一目瞭然だった。なのに、たった数日でそこまで回復していたことにティルは驚きを隠せない。
「それは、えっと……ほら、カレンがいたから! 僧侶ってすごいよね!」
「か、体の不調ならお任せですわ! オホホホホホ……」
リタは天使だから人間より治りが早いだなんて言えない。
リタとカレンの焦りをよそに、ティルは「すごいやカレンさん!」と目を輝かせていた。……子供は純粋である。
「そういえば、ティルさんが慌てていたのは村長さんが来るからでしたの?」
「それは……ちょっと心配なことがあったんだけど……でも、違ったから大丈夫だよ。何でもないんだ」
「ティルさん?」
「あっ、村長さんからおつかい頼まれてるんだった! ごめんなさい、僕もう行くね!」
言うやいなや、ティルは部屋を飛び出して行ってしまった。心配事が杞憂に終わったのなら良いが、何だか言いにくそうにしていたのはどうしてか。……村長や村人に、何かよそ者のことで言われたりしたのだろうか。
(……ここにいたら、ティルさんにも迷惑をかけちゃう)
リタは直接村人と会ったことはないが、カレンやティルの物言いや空気から、何となく風当たりが強そうな雰囲気を感じ取っていたリタである。
これからどうしよう。リタはこれから先のことを決められずにいた。――全く想像が出来ない、の方が正しいかもしれない。進むべき道が全く見えず、暗闇に閉ざされているかのような錯覚を覚える。
早くケガを治さなければ。それに、イザヤールのこともある。あの黒い竜は何なのか。そして、その背に乗る人物は、箱舟の中で聞こえた低い声は、一体誰なのか――。
(女神の果実も、取り戻さないと……)
やるべきことは分かるのに、不安材料ばかりが多くて、身動きが取れない。こんな自分に何が出来るだろうか。考えれば考えるほど、底無し沼に嵌まってしまっているような感覚がした。
悩む分だけ、時間が過ぎていく。
(苦悩の守護天使)11(終)
―――――
ようやく話がゲームに近い流れになってきました。
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