第十一章 10-1
眠りから目覚めれば、否が応にもあの時ことを考えてしまう。
思い出すだけで息苦しさは続き、食欲すら湧かない。体力を回復させるためにも食事は取らなければと、分かっているのに。
「リタ……辛いでしょうけど、少しだけでも召し上がってくださいませ」
「うん……」
何を食べても味気なく感じられてしまう。そう感じるのは、体調を崩しているせいなのだろうか。
食事が喉を通る異物感に、ぞわりと悪寒にも似た感覚が全身へと駆け巡った。とてもではないが、こんな状態では食事を満足にとれるはずもない。体が食事を受け付けず、軽くむせそうになる。
せっかく作ってもらったのに。申し訳なさ過ぎて肩を縮こませるリタの背中をカレンの手が優しくさする。
「……お薬を飲みましょうか」
そっと食器を下げたカレンは、薬の準備をし始める。せっせと動かす白い手をリタはぼんやりと見つめていた。
リタはほとんど覚えていないのだが、ずっと熱を出していたらしい。川からこの村に流れてきたせいで、ずぶ濡れの状態だった上、ケガをしていたため、体調を崩すのも無理はない。……安静にして薬を飲んでいるおかげか、今は微熱があるだけで、意識もしっかりしているが。
カレンは食後の後片付けのために部屋を出ていった。一人だけになった部屋はぽっかりと空虚な静けさに包まれて、やけに心もとない。
(熱を出すなんて、何年ぶりだろ……)
天使は人間より体が丈夫に出来ているようで、リタは滅多に風邪をひかない。シュタイン湖に落ちた時だって、少しくしゃみが止まらなくなるくらいの軽症だった。アルティナが熱を出して倒れたのは焦ったものだった。
自分が最後に熱を出して寝込んだのはいつだっただろう。
――修業時代、熱にうなされ、イザヤールが珍しく狼狽えながら看病していたことを思い出した。
(お師匠……)
未だに信じることが出来ない。師が、どうして自分に刃を向けたのか分からない。
どうして女神の果実を奪っていったのかも……。
あの仮面の男は、黒い竜は一体何なのか。
溢れた疑問が頭の中で渦巻く。
(私は……どうすれば良いの)
答えへと導いてくれる人は、もういない。
考えたくない。けれど、考えて自分で答えを見つけなければならない。目をそらしてばかりではいられないのだ。
リタは、箱舟で起こった出来事へと意識を傾けた。
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