天恵物語
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第十一章 05

白い砂浜の海岸が広がる。船を降りると、早朝の冷たい風に潮の香りが混ざり、船の客室内との温度差に軽く身を竦めた。
砂に足を取られるものの、一晩中揺れっぱなしだった地面よりは大分マシだった。まだ船に揺られていた時の感覚が残っているからか、足元がふわふわとグラついているような気がする。この感覚に慣れることはないだろう。
カレンは今さっきまで乗っていた船を眺め、そして新しい土地をグルリと見渡した。砂浜がずっと続いている。その先は森林で、村らしきものは見えないが、ついにナザム地方へ一歩踏み入れたのだ。


「サンディ、リタがいる村というのはどちらかしら……」


「んー、この先にあったはずなんですケド」


一晩休んだことで復活したサンディの示す道を進む。草木の生い茂る森林を抜けると視界が一気に開けて、野原の広がる風景へと変わった。
おもむろにサンディが「あっ」と声を漏らした。遠くには、小さく村が見える。


「アレよ! あそこ見える?! いかにもイナカで勇者の故郷って感じの村!」


「勇者……?」


レッセは目を凝らしつつ首を傾げる。村が見えないからだろうか、それともサンディの発言のせいなのか――よく分からない。
サンディが言っているのは、王様や精霊のお告げ等何かをキッカケにして冒険に出た勇者が仲間と出会ったり、船を手に入れたり、結婚したり、悲しい別れを経たりして、最終的には魔王を倒し世界の平和を取り戻すという、あの伝説を物語にした本のことだろう。笑いあり涙ありの冒険ファンタジーは現在10巻まで好評発売中である。


「あれか、ナザム村は」


ナザムに向かうこととなってからというものの、以前にも増して無口となったアルティナは遠くの村を見て目を細める。
カレンもそれに倣う。風に吹かれてなびく髪が邪魔になって、横髪を押さえた。


「ようやくたどり着きましたのね」


ようやく、と言ってもセントシュタインを出たのは昨日のことなので、割と早く到着した方ではある。ただ、急を要するだけに、やたらと時間がかかってしまったように思えてならない。


「確か、リタは村長さんの家でお世話になっているのでしたわね」


サンディからは、リタが村の川辺に打ち上げられたところを、少年に助けられたと聞いている。


「親切な方に助けられたのが不幸中の幸いですわ」


「親切ぅ? ……うーん、まぁティルとかいうボーヤは親切だったけどサ〜」


サンディの物言いは、ティルという少年しか親切でなかったとでも言うようだった。


「なんか、あの村ヘンなのヨ。ウチらも入るときは気を付けた方がイイって」


「変、って言われても……どういうところが変なのさ」


それが分からなければ、何に気を付ければ良いのかも分からない。レッセはどこにいるかも分からないサンディに向かって尋ねる。


「よく分かんないけど、リタのこと“よそ者”って言ってた。よそ者のことがキライみたいで、リタのこともティルのボーヤしか助けようとしてくれなかったし」


「えぇぇ……嫌な感じの村だなぁ」


レッセは嫌そうに顔をしかめてぼやくだけだったが、カレンはそんな村人の態度に「まぁ!」と憤慨する。


「目の前で大ケガしている人間を助けようともしないだなんて……非常識にも程がありますわっ!」


僧侶としても見過ごせないところがあるようだが、たとえ僧侶でなかったとしても村人達の対応はどうかと思う。
なぜその村が“よそ者”を嫌うかは分からないが、よりにもよって、そんなところにリタが落ちてしまっただなんて。


「……でも、リタを助けてくれる人がいたんだから良かったよ」


レッセの言う通り、そんな村でも親切な人がいたということだ。


「よそ者って……外から来た僕らも当然よそ者だよね。どうしよう、追い返されちゃったりしたら……」


「あー、ちょっとあり得るカモ……」


村の現状を見てきたサンディに言われたせいで、レッセは更に不安を募らせる。
しかし、他二人の反応は少し……いやかなり違っていた。


「よそ者だろうが何だろうが知ったこっちゃねぇんだよ。リタが危ない時にそんなこと構ってられるか」


と、アルティナが一直線に目的だけへ突き進むかのような宣言をする傍ら、カレンは力強く頷いていた。


「全くですわ。こんなところで引き下がるわけには行きませんの。何を言われようとされようと、三倍くらいに返してやってやれば良いだけですわ!」


普段は正反対な性格をしているくせに、リタのことが絡むとすぐに一致団結するアルティナとカレンである。
豪快なことを言い切った二人に、レッセはたじろぎ、サンディは呆れの眼差しを送る。


「三倍……?」


「アンタら一体、村に何しに行くつもりヨ」


それは怪我人の見舞い……のようなものなのだが、アルティナとカレンには、これからボスを倒します、と言わんばかりの勢いと気迫があった。
そんな二人が頼もしい反面、敵に回したら怖そうだなぁとも思うレッセは、遥か遠くに見える村へひたすら足を進めるのだった。








(正反対な似た者同士)
05(終)



―――――
なかなか村に着きません……。


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