第九章 33
「つーかお前、もしかして先に触っちまったのか?」
「あっ、はい。すみません、ダメでしたか?」
「いや、別にダメではねーけど……まぁ、今回は許してやる。オレ様は優しいからな。次から気をつけろよ!」
自分で優しいとか言っちゃうのか。
どことなく自称イケメン・ニードの言葉を匂わすモザイオのセリフであった。
それから、自称優しいというモザイオは天使像をぺしっと叩いた。……触り方はあまり優しくない。
「ヘヘン、よしよし! 後はオレ様に任せときな! さぁ幽霊さんよ! いるなら出て来てみろや! オレ様の必殺メガトンパンチであの世へ送ってやるぜ! びびってんのか、オラッ!」
「危なっ!! ちょっ、いきなり腕振り回さないでほしいんですケド?!」
モザイオが挑発するように幽霊を呼び出すも、結果はモザイオの振り上げた腕がサンディに当たりそうになっただけだった。
辺りはしんと静まり返っている。いつの間にか風も止み、ほぼ無音の状態である。
「……全然出てこねぇな」
しばらくして、モザイオについてきた青髪の少年が声を発した。そして、同じくモザイオについてきた体格の良い太った感じの少年も同調を示す。
「やっぱ単なる怪談話だしな。ホントに出るはずもないか」
「ほれ見ろ。言った通りだろ?幽霊なんかいるわけねぇよ」
最終的にモザイオも頷き、リタ達を振り返って見た。その時である。
「ん……?」
あ、と幽霊を見ることの出来る面々が上を見上げた。……本当に幽霊が出た。モザイオもゆっくりと顔を後ろにいるリタ達から前の天使像に向けた。視線の先にいるはずの幽霊は、見えていないようだった。しかし、声だけは聞こえるようだ。
それは、リタ達がモザイオの背後に見た幽霊――初代校長エルシオン卿だった。しかも、怒りにうち震えているようで、その形相はかなり厳しいものである。
「おのれ……夜中に抜け出して、くだらん悪さをしおって……。なんというふざけた生徒だ……」
「う、うわ!なんだ!ななな、なんだこの声!」
「ま……まさか、ホントに幽霊が喋ってるのか!?」
慌てて周囲を見回す取り巻き二人であったが、幽霊の見えない二人は、周りを見たところで何も見えないはずだ。
「落ち着け、お前ら!そんなわけあるかっての!」
取り巻き達を落ち着かせようと声を荒げるモザイオだが、自身も動揺しているのだろう。視線を忙しなく動かしている。
どうやら、エルシオン卿の声は、幽霊が見えようが見えまいが関係なく聞こえているらしい。先程、モザイオ達にサンディの声は聞こえていなかった。
「このろくでなしめ。エルシオンの恥さらしが……。貴様には教育が必要だ。私の教室へ連れていってやる……貴様の腑抜けた精神を鍛えなおしてやるわ!」
「うわっ?!」
その時、初めてエルシオン卿の姿が見えたのか、モザイオ達が腰を抜かした。レッセも息を飲む。空中に浮かぶ、ぼんやりとした輪郭が、幽霊である何よりの証拠である。
姿を現したエルシオン卿は、すっとモザイオの体に溶け込むように消えてしまった。かと思えば、モザイオがその場でいきなりジタバタと暴れだす。
「うわーーーー!! やめろっ、入ってくんなーーー!」
「モザイオさん!!」
「モザイオ!!」
周りはどうすることも出来ず、モザイオを見守るしかない。
ピタッとモザイオの動きが止まった。かと思えば、おもむろに立ち上がった。何だか様子がおかしい。
「モザイオさん……?」
「……ボクはろくでなし。……ろくでなしはエルシオンの恥」
「おいっ、モザイオ?!」
ぶつぶつとモザイオらしくもない言葉を吐き、俊敏に天使像に飛び乗った。
「……ろくでなしには、厳しい教育を」
そのまま、屋上から地上へと飛び降りてしまった。
「モザイオさん!!」
落ちる、かと思われたモザイオは、何とキレイに着地した。とても人間業には見えなかった。そして、そのままどこかへと走り出す。このままでは見失ってしまう。
まずい、とリタは欄干へ足をかけた。「おい、」とアルティナが止めようとするも一歩遅く、そのままモザイオを追って飛び降りてしまった。
「リターー?!」
悲鳴のようなカレンの声を聞き、若干の申し訳なさを感じつつ、リタもまた地面に難なく着地した。元天使な上、旅芸人並みの身のこなしもあれば、このくらいの高さは飛び降りられなくもない。グビアナの時のように、城の屋上から飛び降りるのはさすがに無謀であるが。
モザイオを追う、と言い残し、リタはそのまま走って行ってしまった。唖然とする面々の中、アルティナが舌打ちをして、欄干をまたぐ。
「ちょっと、アルティナ?!」
「お前らは階段使って降りろ」
さすがにそのまま飛び降りるなんてことは人間の身であるアルティナには無理があるため、屋根や壁、雨どいの管を使って器用に降りていった。これも元盗賊の為せる技、だろうか。その後を、サンディも「アタシも行くし!」と追いかけた。羽があると、こういう時に便利である。
残されたカレンとレッセも、追いかけるために階段へ向かう。取り巻きはまだショックから立ち直れないのか、呆然とモザイオ達の去って行った方向を眺めていた。
「モザイオ……どうしちまったんだ……」
「つーか、屋上から飛び降りてなんで無傷なんだ……? 同じ人間とは思えねーよ……」
主にモザイオとリタを指しての言葉だろう。リタに関しては天使であるため的を射ていると内心思いながら、カレンは屋上の扉を開けた。階段を駆け降りながら、レッセがぽつりと呟いた。
「リタは、天使だから……あんなことが出来るんでしょうか」
レッセもカレンと同じようなことを考えていたようだ。
「ええ、きっとそうですわね」
あの時はビックリしたが、躊躇いもなく飛び降りたところに、人間との違いを感じた。こういう時、リタが天使であることを実感する。――あのくらいの高さ、天使であれば何てことないのだ。
「頼もしいと思いませんこと?」
カレンは、レッセに茶目っ気のある笑みを向けた。一瞬、虚をつかれたレッセであったが、つられて笑顔を返した。
「……そうですね、」
天使だろうと人間だろうと、仲間であり、リタがリタであることには変わりはないのだ。全てを受け入れる、それが仲間であるのだと。
(……確かに、学校の授業だけで教わるのは難しいことだろうな)
勉強だけでは分からないこともあるのだと。そう言っていた学院長の言葉を、レッセは思い出していたのだった。
(事件再び)33(終)
―――――
仲間は大切にすることは、当たり前だけど大事なことなんじゃないかと思いまして。
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