天恵物語
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番外編 優しさと勘違いと悩める二人

「もうすぐホワイトデーですわね」


「ホワイトデーですか」


「ホワイトデーよね〜」


「ホワイトデー、ねぇ……」


カレンが呟いたその言葉は、伝染したようにロクサーヌ、ルイーダ、そしてレナへと宿屋中を駆け巡った。それを聞いたカウンターに腰かけるアルティナはとても微妙な顔をしている。


「…………何が言いたい」


「いえ別に何でもありませんわよ。ただホワイトデーが近付いて来ていると思っただけですわ」


「そうそう。とある記念日にチョコレートを貰った無愛想戦士がどんなお返しをするかなんて全く気にしてなんかいないんだから」


「…………」


全力で気になっているようにしか聞こえないルイーダの言葉にアルティナは黙り込んだ。こういう時は大概ロクなことを言われない。


「で、お返しの品はお決まりで?」


「……….」


カレンもカレンで、何でもないとか言いながらちゃっかり訊ねてきた。ひたすら黙っていると、ルイーダの目がキラリと光ったように見えた。こういうときは大概ロクなことを以下略。


「アンタのその顔……まだ用意してないわね」


「まだ?! アルティナ、あなた悠長にコーヒーなんてすすってる場合ではありませんわ!」


自分は自分で優雅に紅茶を飲んでいたカレンであったが、ティーカップを置きアルティナを振り返る。顔を突き合わせればケンカしかしない二人が同じテーブルでお茶(またはコーヒー)を楽しんでいるわけがなく、アルティナとカレンは背中合わせになるような席に座っていた。


「……考えてないわけじゃない」


「さしずめ、何を贈れば良いか分からないってところよね」


「…………」


図星である。
全く、この女主人には敵う気がしない。とはいえ、更に敵わない相手がもう一人いるのだが。その相手というのが、今アルティナを悩ます元凶とも言える存在であり。


「でも、リタって何をあげれば喜ぶのか地味に分かりにくいわよねー」


現在共に旅をしている元天使で、女神の果実という金色に輝く果物を探し求めている少女のことだ。ちょうど一ヶ月くらい前のことである。バレンタインデーと称した勤労感謝によりリタから(慰労感100%の)チョコレートを貰ったことが発端であった。
カレン達が呟いた通り、もうすぐホワイトデー、すなわちバレンタインデーのお返しをする日である。アルティナだってそれくらいは知っているわけで、数日前からあれこれ考えてはいたものの、結局良い案が思い付くこともなく今に至る。


「別に、深く考える必要ありませんでしょう。女の子が貰って嬉しいものを贈ればよろしいのではありませんの? リタだって女の子ですわ」


「手前に“かなり世間ずれした”が付くけどな」


特殊な環境で育ったから……というか天使として生まれ、生きてきたリタは根本的に人間との違いがあちらこちらに見え隠れしている。その結果、天使の存在が見えない、または信じない人間側からしてみるとリタはかなり風変わりな少女に思われる。
すると、心外だと言うようにカレンが眉をつり上げた。


「まぁ、世間ずれだなんて……常識にとらわれないと言ってくださりません?」


「それも良し悪しがあると思うんだが……」


しかしなるほど、言い方次第では随分変わるというわけだろう。要するに、モノは言いようなのである。


「とにかくっ! 顔だけは無駄に標準を越しているアルティナのことですから、チョコレートをくれたのはリタが初めてというわけではないのでしょう? だったらお返しくらいしたことあるでしょうに……まさか、全てを無視して返してないわけではありませんわよね?」


その場合、その女の子達に同情した上でアルティナに全力で引きます、と冗談を言っている風には聞こえないことを断言した。というか、本人も冗談を言ってるつもりなどない。アルティナがその通りだと言った途端に冷めた目をこちらに向けるに違いない。
だから、何も言えなかった。
いや、カレンの言う通りというわけではない。というか、それ以前の問題だった。


「あぁ。コイツね、バレンタインデーにチョコレートなんか貰ったことないわよ。ねぇ、アルティナ?」


「えっ、そうでしたの?!」


ルイーダは簡単に口を割ってくれた。いや、誰にも言うなとも秘密だとも別に言っていなかったけれども。まぁ、言ってほしくないのはその理由なのだが、この流れだとルイーダは言う気がする。そしてカレンが更に怒りだす気がする。


「それは意外でしたわ。てっきり私は貰い慣れているのではないかと……」


チョコレートを貰った直後のリタとの会話を聞き、何個も貰っていたのだろうとカレンは思っていた。そんな風に聞こえたのだ。


「道理でリタからのチョコレートを貰うところしか見た覚えがないわけですわ」


「そうねぇ、いつも全部断ってるものねー」


…………え?
さらっと聞き流しそうになったが、聞き捨てならないことを聞いた気がして、カレンはもう一度ルイーダの言葉を脳内でリピートした。全部断った。ということは……


「もしかして……チョコレートを貰ったことがないというのは……」


「そう、くれる人はいても頑として受け取ろうとしないのよこの男〜」


言いたくなかったのは、このことであった。


「アルティナ、一言よろしいかしら?」


「何だ」


「あなた最低ですわ」


歯に衣着せぬ一言であった。カウンターでは「もっと言ってやってカレン」とルイーダがけしかける。そのせいだろうか、一言では終わらなかった。


「勇気をふりしぼってチョコレートを渡した乙女の気持ちを踏みにじってますわ!! あなたには優しさや思いやりというモノがありませんの?!」


「お前は俺が優しさや思いやりなんてモノを持ち合わせていると思うのか?」


「全く思いません!!」


いっそ清々しいまでの回答だったが、アルティナにとっては好都合である。


「それで結構だ。知らないヤツからモノ貰うくらいなら、そう思われた方がマシだからな」


「相変わらず揺るぎないわねー」


もはや説得は諦めているというようにルイーダはため息をついた。


「知り合いならともかく、何で見知らぬヤツからチョコレートなんか貰わないといけないんだ」


しかもそういうものに限って手作りときた。知らない者からの手作りほど未知なものはないとアルティナは思う。


「まぁ、あなたはそういう方でしたものね。何言っても無駄でしたわ。でも、そのせいでいつか逆恨みで後ろから刺されても知りませんからね!!」


「…………」


誰から、と言われれば多種多様な人間から、と言うしかない。


「それにしても、どうやったら全部お断りなんか出来ますの」


「貰う理由がない、菓子は好きじゃないと言っただけだ。それ以来は貰う機会が激減したな。まぁ、そちらの方がこっちとしては助かる」


アルティナはバレンタインデーに悩む男女を敵に回すようなことを平然と言ってのけた。


「あなた良心というモノがありませんの?!」


「俺がそんな殊勝なもん持ってると思うか?」


「全く思いません!!」


「だったら聞くなよ」


先程と似たような言葉の応酬に、本人達は至って真面目である。ただ、その他がケンカのようなコントのような会話を聞かせられるだけで。またか、と周りは生暖かい視線を送る。


「アンタ達って、仲悪い割に息はピッタリよね」


しみじみと呟いたルイーダ。そんな女主人に、


「そんなことありませんわ!!」

「んなわけあるか」


やはり息ピッタリに二人は否定した。



続く


―――――
あれ、正月に引き続いて長い短編になりそうな予感が←


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