天恵物語
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第七章 15

「……倒しちゃった、」


旅芸人スキルがこんなところで役に立つとは。松明片手に呆然としていたのも束の間、それどころでないことを思い出した。


「そうだ、マウリヤさんは?!」


カレンに任せたままだったマウリヤの様子を窺う。目立った外傷はないが、全く動き出す気配はなかった。目はどこか空を見ているようで、それはさながら……


「…………死んだふりが上手いな」


「不吉なことおっしゃらないで下さるかしら?」


「冗談だ」


「本気でしたら軽蔑してるところですわ」


まずい、とリタは思った。この、前にどこかで聞いたことあるような気のする二人の会話。最近はあまりなかったというのに。
そろそろのタイミングであろうか。契機は、決まってアルティナの一言なのだ。


「死んだふりは別に軽蔑するものじゃないだろ」


「……そっちじゃありませんわーー!!」


「そんな大きい声を出さなくても聞こえてる」


「誰が出させてると思ってますの!!」


飄々と返すアルティナに大声で食いかかるカレン。傍らで一部始終を見守っていたリタは思わず溜め息をつきたくなった。予想した通り、喧嘩が始まった。


「二人とも……今はそれどころじゃないんだけど……」


「お〜い、お嬢さーん!!」


二人の仲裁に入ろうとした時、言葉を遮るように足音と声が聞こえてきた。
足音は二人分。そして、この聞き覚えのあるダミ声はもしかして……


「マスクとヒゲのお友達……!?」


じゃなくて。


「誘拐犯な」


アルティナが冷静にツッコミを入れると同時に、その誘拐犯達が雪崩れ込むようにフロアに入ってきた。毒グモが倒されたタイミングを見計らってやって来たのだろう。毒グモに襲われて倒れている“マキナ”に慌てて駆け寄った。
そして、リタ達が取り囲む“マウリヤ”を見て、見事に固まった。
誘拐犯達は“マキナがマウリヤに成り代わっていて、マウリヤは人形で、とある果実を食べて人形が動き出した”……なんてことは全く知らない。


「……何てこった。お嬢さん、死んじまってる……」


「アニキぃ〜!!」


ショックを受ける兄貴分。弟分はどうすれば良いか分からず、ただ情けなく声を上げていた。
誘拐犯達ほどのショックを受けはしなかったものの、リタにもどうすれば良いか分からない。このままずっと起きないのだろうか、と諦めかけた時。


「ああ、びっくりした」


マウリヤがむくりと半身を起こした。何事もなかったかのように立ち上がり、(マウリヤからしてみれば)いつの間にか増えている誘拐犯二人ににこりと微笑む。
もちろんリタ達も驚いたが、誘拐犯達の衝撃はそれ以上に違いない。二人の顔はみるみる真っ青になった。


「……し、死んでたはず……なのに……」


それに対してか、何か言いかけたマウリヤであったか、それより誘拐犯が脱兎の如く逃げ出すのが先だった。


「助けてくれー! こいつ化け物だぁーっ!!」


「こ、こんな恐ろしいところはまっぴらだ! ズラかるぞ!!」


途中コケそうになりなからも、必死に逃げていった誘拐犯を見送った三人と人形。しん、と静まり返った洞窟の中で、マウリヤがぽつりと呟いた。


「……ばけもの。知ってるわ、私」


化け物。絵本に出てくる悪い生き物。

……皆の、嫌われ者。


「本当は分かってるの。上手く出来ないの。皆、本当のお友達じゃない。物をあげる時だけ来てくれるの」


最初は何の疑問も持たずに、友達の欲しいと言う物を何でもあげた。友達なのだから、それが当然だとばかり思っていた。
気が付いた時には手遅れで、それは最早友達とは言えなくて。


「マキナのために友達を作りたかったけれど……わたし、化け物だからダメなのね」


この洞窟でも、あの二人の誘拐犯に逃げられた。マキナの姿であっても、どんなにおカネや物を持っていても……人形では、どこに行っても友達を作ることが出来ないのだろうか。


――いいえ、あなたは化け物じゃない。大切な……わたしのお友達。


どこからともなく響く声が聞こえてくる。薄暗い洞窟の中に、青白いシルエットが浮かび上がった……マウリヤの、唯一の友達と言える人。


「マキナさん…… 」


マキナとマウリヤ、瓜二つの顔をした二人が向かい合う。ぱっ、とマウリヤの顔が明るく輝いた。


「大好きなお友達よ、マウリヤ」


「マキナ! おかえりなさい、どこに行ってたの? ねぇ、今日は何をして遊びましょう」


マウリヤが無邪気にそう訊ねると、マキナは悲しそうな顔を更に曇らせながら首を振る。ごめんなさい、と呟くとマウリヤは言っていることがよく分からないというように首を傾げた。


「あなたとは遊べない。もう二度と遊べないのよ……」


「……わたしのこと、嫌い? 嫌いになったから遊べないの?」


マキナは首を振る。きっとマウリヤには、マキナが生きていても死んでいても関係ないのだろう。人形に生死はない。ただ、女神の果実のおかげで人間のように動いて、不完全な感情を持てただけ。結果、街では相当の変わり者と評判され、今では化け物呼ばわり。
……傷つかないはずがないのに。


「わたしを幸せにしてくれたあなたを、わたしは……」


「ええ、わたしもあなたと一緒ならいつでも幸せ!」


マウリヤにとって、マキナは唯一の友達だった。それはマキナにとっても同じ――だから、体の弱い自分に代わって、友達をたくさん作って欲しかったのに。
ごめんなさい、ともう一度呟く。


「あなたはもう自由になって……私の願いに縛られないで。わたしはマキナ。あなたはマウリヤ。わたしは天使様と遠い遠い国へ旅立ちます。だから、あなたも……偽物のマキナじゃなくて、お人形のマウリヤに戻って……」


「お人形のマウリヤに、戻る……」


マキナの言葉を反芻したマウリヤ。それから、マキナはリタ達を振り向き、お礼を言った。


「天使様……ありがとうございました、マウリヤを助けていただいて……」


それから、と今度はカレンに向いた。


「カレンさんに……ありがとうって言いたかったんです、ずっと。家に来てわたしと遊んでくれたの、カレンさんだけだったから……」


それも、自分の体が弱いせいで一度きりだったけれど。
――自分の体がもう少し強かったら、もっと遊べたのに。


「……、私は」


言葉に詰まるカレンにどう思ったのだろう、マキナはくすりと少しだけ笑った。


「一度だけのことですから、忘れていたとしても仕方ないです、けど……わたしはとっても嬉しかったって、言いたくて」


そして、最後にマウリヤと向き直る。すでに、体は消えかかっていた。きっと、もうすぐ来るのだ。昔、マウリヤにもよく言っていた、“天使様の迎え”が。


「マウリヤ、大好きなお友達……ありがとう」


どうか、幸せで……。

淡い光を放っていたマキナの体は、言い終えると同時に暗闇に溶けるように消えていった。










(今度こそはきっと、幸せに)
15(終)



―――――
ようやく一段落ですー。


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