第四章 07-2
「オオオオ……我の力が! 力が消えていく……!」
邪悪なオーラが立ち込めていたのもつかの間、黒いもやは次の瞬間には霧散した。
後に残ったのは、大神官とジャダーマを貫いた槍、そして……
「あれって……女神の果実?!」
神々しく輝く果実だけだ。
「うう……。わしはここで何を……? そなたは何者だ。なぜここにいる?」
「大神官様!!」
カレンは慌てて駆け寄り、大神官の無事を確かめようとしたところでカッチリと硬直してしまった。
――大神官の横には、カレンの槍が転がっている……。
「だ……だだだ大神官様!! お怪我は! お腹の辺りを貫通した槍の傷は大丈夫でございますかーーっ?!」
「……傷? 君は何を言っているのだね。どこにも怪我なんかしておらん」
「……はい?」
一瞬呆けたカレンであったが、大神官が苦しそうにしていない上、血の一滴も垂れていないことに気付き、目をパチパチと瞬かせた。
「あら本当ですわ。傷なんてどこにも……」
「それよりも、わしはどうしてこんなところに……」
「覚えていらっしゃらないのですか……?」
どうやら、果実を食べてからの行動に関する記憶が曖昧らしく、大神官はしきりに首を傾げていたが、リタとカレンが大体の事情を説明すると、大神官はやがて大きくうなだれた。
「なんと。わしは魔物の姿となり、世界を支配しようとしていた、と? ……そなたがわしを救ってくれたのか、そうか……」
帽子を被り直した大神官は、落ちていた本を持ち上げると、神殿へと戻ろうとした。
「ダーマ神殿に帰らなくては……転職を待つ人々がわしを呼んでいるのが聞こえるのじゃ……」
そしてそれを、カレンが引き止めた。
「待ってくださいませ大神官様!! 丸腰で塔を降りるのは、あまりにも危険すぎますわーっ!!」
懸命にカレンが引き止めるものの、「しかし、転職を待つ人々が……」と大神官はなかなか折れようとしない。
「あの、一瞬で神殿に帰れる呪文がある……」
二人が言い争っているところに控えめに発言したというのに、カレンと大神官はすぐに反応し、本当かとリタに詰め寄る。……ある意味、恐い。
「えーっと、最近覚えたばかりで大丈夫か不安なんですけど!」
「構わぬ。なるだけ早く、私を神殿に返してくれ!」
「モンスターだらけの塔を丸腰で突っ切られるよりはマシですわ! さぁ早速呪文を唱えてくださいませ!」
勢いに圧倒されるまま、リタは二人の服の裾を掴み、“ルーラ”を唱えた。
誰かと一緒に移動したい時は、その誰かの一部を掴めば良いのだと教えられた。
なるほど、確かに移動出来た。
「わー、本当にダーマ神殿だ」
「リタさん……頼んでおいて何ですけれど、その一言マジで怖いですわ」
「す、すみません……」
初めて使ったもので、勝手が分からなかったのである。しかも、自分だけならまだしも、他人と一緒に移動したあたり、肝が据わっているというか何と言うか。
大神官はというと、ダーマ神殿に着くなり手短にお礼を言って階段を駆け上がって行ってしまった。ゆったりとした服で階段を上がるのはかなり大変そうで時々よろけるのを、こちら側はハラハラしながら見守っていた。
「大神官様! お願いですからコケて転がり落ちることのないようにしてくださいませ!!」
「大丈夫……だよね、きっと……」
やっと階段を上り切ると、カレンはやっとホッとして胸を撫で下ろした。
大神官の階段を上る様は、見ていて心臓に悪いったら無い。
「さて、リタさんはこれからセントシュタインに向かいますのよね」
「う…………うん」
「? どうかしまして?」
歯切れの悪い返答に、カレンが首を傾げる。
リタは、手持ち無沙汰に扇をいじってみたりした。
「なんだか、分かんないけど……緊張して、その……カレンさん、断られたらどうしよう……!」
断られたら、というのは、きっとアルティナという戦士のこと。
リタの瞳が不安そうに揺らぐのを見て、あら、とカレンは目を丸くした。リタにこのような一面があったことにも、そして、アルティナの完全な一方通行ではないらしいことにも。
「それなら大丈夫ですわ、私が保障します。それから……」
旅に出る時には自分も連れて行って欲しい、と。
「え……」
「あの方と二人でなんて、僧侶としては不安過ぎて仕方ありませんわ」
確かに、二人だと旅芸人と戦士というかなり微妙なパーティになるところである。
「それに、リタさんの力になりたいのですわ。だから、私も仲間に入れてくださらないかしら?」
「……私も、カレンさんがいてくれたら心強いと思う、から」
天使界の事情に巻き込むのは気が引けるけれど。
他に、断る理由なんて無かった。
「そうでしたわ、さん付けはなさらずに呼び捨てにしてくださいませ」
「でも……」
「そんなご遠慮なさらず……戦闘の時は呼び捨てだったでしょう?」
「…………そうでしたっけ」
無意識のうちだったらしい。
実にリタらしいと思いつつ、カレンはさらに、もう一つお願いをした。
「ええ。その代わりと言っては何ですけれど、私もリタと呼ばせてもらってもよろしいかしら?」
「うん。じゃあ……よろしくね、カレン」
「こちらこそですわリタ」
こうして僧侶が仲間になった。
(セントシュタインから帰ってきた時に、また)07(終)
第四章完結
―――――
ということで、超早足・ダーマ編でした……!!
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