第四章 06
淡く黄色い光を放つ空間の中心に、大神官はいた。大きく両手を広げ、何か文言を唱えているようだ。片手に分厚い辞書のような本を持っている。
「全ての職業を知り、全ての職業を司る大いなる力よ! 今こそ我に……むっ?」
人の気配を感じたからか、大神官が振り返った。旅芸人の少女と女僧侶の存在に気付き、眉を寄せる。
「何者じゃ……。ここへ入り込むなど、ただの迷い人ではないと見える。じゃが、わしの邪魔をすることは許さぬぞ」
「何をおっしゃっているのですか! みんな大神官様の帰りをお待ちしていますわ、さぁ帰りましょう!」
カレンは憤慨して大神官に歩み寄った。しかし大神官は背を向けたままで、一向に振り向こうとはしなかった。
「わしは力を手に入れたのじゃ。この力があれば、わしは人々をより良き道へ導くことが出来る……。わしはダーマの大神官としてここで祈り、更なる力を手に入れるのじゃ!」
「おっしゃっている意味が分かりませんわ!!」
最早カレンの言葉は大神官には届かない。
両手を掲げ、再度大きく唱えた。
「今こそ我に力を! 我に人々を導く力を与えたまえーい!!」
「大神官様!」
「カレンさん、危ない!」
紫色の光が立ち上り、大神官の周りを包む。
慌ててリタがカレンの服を掴み、引っ張り込んだおかげで、カレンはすんでのところで巻き込まれずに済んだ。
「おおお、力が……力が満ちてくるぞ……」
最初こそ純粋に力を与えられた喜びを感じていた大神官であったが、そのうち異変を感じはじめたのか訝しげに眉根を寄せた。
小さかった紫の光は大きくうねり、大神官を飲み込もうとする。
「な、何事じゃ。身体が……。この身体はなんじゃ……」
最早人間ではない、異形に姿を変えた大神官は頭を抱え、激しく苦悶した。
突然の変貌に、リタもカレンもなすすべがなく、ただ見ていることしか出来ない。
「大神官様……」
「これではまるで化け物……ぐうっ。黒い力があふれて……違う……わしはこんな力を求めていたのではない!」
最早禍々しいとも言える光が一層輝いた時、大神官はグッタリとうなだれていた。
静寂が訪れ、二人は恐々と異形に化した大神官を見遣る。
すると、ピクリとも動かなかった大神官が、不気味に笑い出した。
「クッ……ククク。そうか。この力で人間どもを支配すればよいということか……。我はこれより魔神ジャダーマと名乗り、人間どもを絶対の恐怖で支配するとここに誓おう!」
邪悪な変貌を遂げた大神官は、元の姿の面影もない。すっかり望みも履き違えた大神官はジャダーマを名乗り、魔物へと成り果てた。
「ちょうど良い。キサマ相手にこの力を試してくれよう。さぁ……恐怖に怯える姿を我に見せるがよい!」
手頃な獲物を見つけた、とでも言うようにリタとカレンを指し、タクトのような細い杖を振りかざす。
カレンは大神官の変貌にショックを受けたものの、すぐさま気を取り直したように槍を構えた。
リタも扇を取り出し、戦闘態勢に入る。
「女神の果実に、こんな力があるなんて……」
その願いが強ければ強いほど、このような非常事態を引き起こしてしまうようだ。それはきっと、神職に就く者でも悪事を働く者でも同じことなのかもしれない。
女神の果実には、それだけの力がある。だからこそ、願いに呼応して膨れ上がった力を持て余してしまうことになるのだ。
「カレンさん……!」
「分かってますわ。やむを得ません、倒すしかなさそうですわね」
「我を倒すだと? ……やれるものならやってみるがよい!!」
戦闘が、始まる。
(魔人ジャダーマが現れた!)06(終)
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苦手な戦闘シーンの始まりです。
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