ドリンクだけの注文だったので、5分とかからずにオーダーした物がテーブルへ運ばれて来た。
ハニーレモンソーダを一口飲む。
鼻に抜けるレモンの香りと、喉を刺激する炭酸のお陰で息がしやすくなった気がした。
「怪我して血を出したりしたことは?一回も無いの?」
大量の砂糖をコーヒーにボチャボチャと入れながら五条悟が私に問う。
そんなに砂糖をいれるなら、別にコーヒーじゃなくても良いのではないだろうか。
「小さな頃に…一回だけ。虐められてた子達に、後ろから押されて転んだ事があった。」
小さな頃は、皆と同じ事が出来ない子供は仲間はずれの対象だ。
皆と一緒に遊べない私は当たり前のように仲間はずれにされ、虐めの対象だった。
「どうなった?」
「…………消えた。」
「…消えた?」
「私を転ばせた子が、皆の目の前から突然消えちゃったの。」
皆の目の前で忽然と姿を消した男の子。見ていた人が大勢いたから、勿論大騒ぎになった。
数日後、その子は遠くはなれた山の中で死体となって見つかった。
歯形でしか判定が出来ない程に身体はぐちゃぐちゃだったそうだ。
「…その時、他に何かあったりした?」
「覚えてない…でも、気付いたら隣にお婆ちゃんがいて、帰ってからすっごく怒られた。
それから私に近づく人は消されるって気味悪がられ続けたよ。大学は県外にしたから、まともに友達出来たのはそこからかな。」
アハハと軽く笑えば、また頭に手が伸びてきてポンポンと頭を撫でられた。
子供扱いされているようで地味にムカついたけど、さっきよりは嫌じゃなくなっていた。
「ふーん。じゃあ僕が名前に聞きたいことはあと1つだけ。」
そう言うと、五条悟は身を乗り出す。
目隠しが近づいてくる。
あの目隠しの下はどんな風になってるんだろ、なんてぼんやり考えていたら、白色の髪が私の頬に触れる。
「!?」
「さっきからずっと、名前から甘い香りがする。香水でもつけてる?」
急激に近くなった距離に口から心臓が飛び出しそうだった。
首元には五条悟の息がかかっているし、頬と耳には白い髪が触れてくすぐったい。
怒鳴って今すぐにでも殴ってやりたいのに、耐性が無さすぎる私は恥ずかしさでガチガチに固まってしまって動けないでいた。
動けないのを良いことに、五条悟がスンッと首筋を嗅ぐ。あろうことか、そのままペロリと舐めた。
「…っの!変態!!!」
やっと動いた身体で、五条悟の身体を押す。
思いの外すんなり離れた五条悟はなんだかとても楽しそうで、それが更にイライラを加速させる。
「ごめんごめん。助けるのに抱き締めた時からずっと甘くて美味しそうな香りがしてたから、香水でもつけてるのかと思って。」
口ではごめんと言っているが、態度が全く謝っていない。
甘い匂いがするなんて初めて言われた。
香水も、ボディミストも使っていない。
柔軟剤も爽やか系の香りだった気がするし…。
試しに手首に鼻を近づけてみたが、甘い匂いなんて全くしなかった。
「甘い匂いなんてしないじゃない。嘘つき。変態。黒づくめ。目隠し。白髪ポッキー野郎。」
「何それ悪口?最後の方なんて僕の容姿並べてるだけじゃん。てか何だよポッキーって。」
名前は馬鹿だなぁと、五条悟は笑う。ヘラヘラ良く笑う男だ。
そのヘラヘラ顔を見ながら、お皿にあと1口残ったパンケーキを口に放り込む。
美味しくないと感じたパンケーキが、またとろけるような美味しさに戻っていて…無意識に微笑んでいた。