「呪い?」
「そう、呪い。」
日本国内での怪死者・行方不明者は年平均10000人を超える
その殆どが人間から流れ出た負の感情
”呪い”による被害
「その”呪い”が、さっきの化け物って事…?」
「そう。あれは呪霊って言うの。呪いの霊って書いて呪霊。」
ジュレイ。呪霊。
数時間前に見た悍ましい姿を思いだしてしまい、カップを持つ手がカタカタと震えた。
「大丈夫。さっきのは僕が退治したから。もう襲って来ないよ。」
それに目敏く気付いた五条悟が、テーブルに置いていた片手をスルリと撫でた。
コイツ…さっきからスキンシップが多すぎる!!!
「ずっっっと思ってたけど、さっきから馴れ馴れし過ぎない?
初対面なのに名前だって呼び捨てだし、さっき触んないでって言ったばっかりじゃない!」
「だってもう一緒にパンケーキ食べてる仲じゃん。オトモダチとのスキンシップは大事だヨー」
「貴方とオトモダチになった覚え無いんですけど!」
「はいはい。話、続けるよ?」
私から手を離して降参ポーズを取ってから、五条悟は話を続けた。
呪いって言うのは、普通は見えない。
死に際とか、特殊な場所だと別だけどね。
名前は今まで呪い…さっきのバケモノみたいなのを他で見たことがある?
無いよね。うん、普通の人なら当たり前に無いはずだ。
でも君は突然それが見えた。
僕が呪霊に気付いた時には、君は後ろに吹っ飛ばされてた。
今日、君はあそこで一体何をしてたのか教えてくれる?
「………私、今日はマッチングアプリで知り合った人と待ち合わせをしてて、」
「マッチングアプリぃ?名前、婚活してるの?なんで?」
「なんでって…別に良いでしょ!」
「ゴジョーさんソレめちゃくちゃ気になるわー名前が呪霊に襲われた経緯で絶対そこ重要だわー」
嘘 を つ く な ! ! ! ! !
なんで化け物に襲われた事に私の婚活事情が重要になるのよ!
「ねーねー教えてよー教えてくれなきゃ夜も眠れなくなりそー。ねーねーねーねー教えてってばー」
ジャリジャリと大量の砂糖を入れたコーヒーをかき混ぜながら五条悟は言う。
ウザい。物凄くウザい。果てしなくウザい。
と言うか、コーヒーにそんなに砂糖入れる人はじめて見た。溶解度超えてるんじゃないの。
「…………寂しくなったの。」
「え?」
「…私、両親が小さい頃からいなくてお婆ちゃんに育てられたの。そのお婆ちゃんがこの前死んじゃって…ひとりぼっちになったら、このまま私は1人で死んでくんだなって思って寂しくなった。だからマッチングアプリで婚活始めたの。」
そう。私はひとりなのだ。
両親も、育ててくれたお婆ちゃんももういない。
「そっか。」
ポンっと、頭に大きな手が乗った。
その温もりが、ついこないだまで私の頭を撫でてくれたお婆ちゃんみたいだなって思ったら少しだけ嬉しくなった。…調子乗りそうだし絶対にコイツには言わないけど。
恥ずかしくてむず痒くて、最終的に凄く嫌になってブンブンと頭を振って大きな手から逃げた。
「そ…それで!!!その会う予定だった人との待ち合わせしてた場所があの駅前。
その駅前で人とぶつかって、お婆ちゃんから貰った手鏡を落としちゃって、拾おうとしたら手鏡が割れてて……………………、」
「…名前?」
突然黙ってしまった私を不思議に思ったのか、五条悟が名前を呼ぶ。
そうだ、手鏡。お婆ちゃんから貰った、大事な大事な手鏡。
「っ…ねえ!手鏡!手鏡落ちてなかった!?あれ、凄く大事なものなの!!」
バンッと、勢い良くテーブルに手をついた私。
それを驚いたように五条悟が見上げている。
「探しに戻らなきゃ、絶対に肌身離さず持ってるようにってお婆ちゃんに言われてたのに…」
バッグに手を突っ込んで、ガチャガチャと財布を取り出した私を五条悟が制止する。
「名前、待って。」
「離して!あの手鏡、私にとって本当に大事なものなの…!」
「だから待てって。その手鏡、ここにあるから。」
ポケットに手を突っ込んだ五条悟が何かを掴んで手を広げた。
手の中から現れた手鏡が、カランと音を立ててテーブルに置かれた。
「私の手鏡…!あった…良かった…、」
やっぱり割れてしまっているのは変わり無い。
それでも手元に戻ってきた。それだけで十分だ。
ほっとして、鏡を抱き締めながら椅子に座り直す。
「ねえ、名前は呪具扱えるの?」
「ジュグ?」
「呪具。呪力を持った武器の事。名前の持ってるその手鏡、呪具だよ。
まぁちょっと特殊な感じっぽいけど。」
五条悟が指差す方向には、私が持っている手鏡しかない。
何を言っているのだろう。これはお婆ちゃんがくれた大事な手鏡だ。
なんの変哲もない、只の手鏡。
「割れた拍子に籠ってた呪力が流れ出たみたいだから、その鏡にはもう殆ど呪力は残ってないけどね。
それでもまぁ、とりあえず君を守る結界くらいにはなってるかな。」
呪い、呪霊、呪具…聞いたこともない言葉ばかりで頭の中が混乱する。
思考が追い付かないのは糖分が足りないせいだと、切り分けていたパンケーキを口にいれた。
どうしてだろう。さっきよりも美味しいと思えない。
「この手鏡は…小さい頃にお婆ちゃんが私にくれた物で、肌身離さず持ってなさいって。…これをちゃんと持ってないと、オバケが来るって言ってた。」
「オバケ、ね…。あとは何か言われてた事ある?」
「…転んで傷を作ったり、血を流したりもしちゃダメだって。だから高校卒業までずっと体育の授業とかは参加させて貰えなかった。」
お婆ちゃんの目を盗んで走ったりすれば、物凄い勢いで怒られた。
同級生達が楽しそうに校庭を走る姿がとても羨ましかった。
「………………。」
「?」
私の話を聞いて、今度は五条悟が黙り込んでしまった。
様子を伺うつもりで顔を見てみたけど、目元は相変わらず隠されているので何処を見ているのかわからない。
あ、お皿のパンケーキがいつの間にか綺麗に無くなってる。ジャリジャリ音してたコーヒーカップも空っぽだ。
「うん。なんとなくわかった。あ、僕コーヒーおかわり頼むけど名前は?」
空っぽのコーヒーカップを見ていたら、五条悟が納得したように顔を上下に一度揺らす。
「…ハニーレモンソーダ。」
何となく今の状況が息苦しくて…爽やかな飲み物で喉を潤したくなった。