「ん"ーー。」

「さっきから何唸ってんだ。」


医務室の椅子に座って納得いかない顔をして唸っていると、硝子ちゃんがペンを置いてこっちを見た。


「だって…!どうして急に私1人だけ書庫で資料探しと書類整理なの!?
今日は硝子ちゃんの補佐する予定だったのに…悲しい…悲しすぎる…。」

「知らん。私じゃなくて伊地知にでも言え。」

「その伊地知さんにめちゃくちゃ申し訳無さそうに頼まれちゃったんだもん…。」

「なら諦めるんだな。」


京都姉妹校交流会。
1日目は団体戦、2日目は個人戦…と、
2日間に分けて呪術合戦が行われる。

内容的に毎年怪我人が多いらしく、忙しくなる硝子ちゃんのサポート役を私が担当すると随分前から決まっていた。
それなのに…つい先程、上からの指示で急遽必要になった書類の捜索と書庫の整理をする事になってしまった。


硝子ちゃんと1日一緒にいられるって楽しみにしてたけど、伊地知さんのあの顔見ちゃったらね…。


半泣きで私の所にやってきた時の伊地知さんを思い出す。あの顔で必死に頭を下げられてしまっては、嫌でも諦めざるを得なかった。


「あーあ。せっかくお茶しようと思ってお菓子も持ってきたのに…。新発売の梅こぶ茶味。」

「随分渋いな。」


今日食べる予定だったお菓子を並べていると、医務室のドアが開く。
入ってきたのは白い大きなリボンを髪につけた巫女服の女性だった。


「硝子、久しぶり。」

「歌姫先輩。お久しぶりです。」

「そっちの子は…?」


硝子ちゃんが歌姫先輩と呼んだその人は、私に向かってぱちぱちと2回瞬きをした。


「そーいえば初対面でしたね。紹介します。この子は苗字名前。名前、こちら歌姫先輩。」

「はじめまして。苗字名前です。」

「ああ。五条が囲ってるって噂の…。」

「囲っ…!?違います!私が護衛対象なだけで…!!!」


歌姫さんの言葉に、ぶん、と勢いよく首を振った。それはちょっと意味が違う…!!


「稀血、でしたっけ?話は聞いているわ。はじめまして。京都校で教師をしている庵歌姫よ。」

「庵さんですね。京都からの遠征、ご苦労様です。」

「歌姫で良いわ。私も名前ちゃんって呼ばせて貰うから。にしても…よくあの馬鹿と暮らせるわね。不自由とかしてない?大丈夫?」


あの馬鹿って言ったときの歌姫さんの表情がとんでもなく歪んでいて…一瞬で五条の事が嫌いなんだなと察してしまった。

五条、多方面から嫌われすぎじゃない…?


「ありがとうございます。今のところ不自由はしてないです。」

「そう。あの馬鹿の事だし、何するかわからないから本当に気をつけてね。」

「だいじょーぶですよ歌姫先輩。名前は五条のこと結構好きですから。一緒に寝てるもんな。」

「は?一緒に…?」

「硝子ちゃんそれ今言う必要ある!?
あああ違うんです歌姫さん!!それは不可抗力で…!!!」

「事実だろ。」

「それはそうだけど…と言うか私、五条を好きになったこと硝子ちゃんに言ったっけ!?」

「…名前お前、五条の事マジで好きになったのか?」

「あ」


うわああああ墓穴掘ったーーーっ!!!


「えーっと、」

「ほー。名前が五条をねぇ。」

「………好き?あの馬鹿を?」


うわーっ!歌姫さんの可愛らしいお顔が益々歪んでしまった…!!視線が…視線がとてつもなく痛い…!!!

ここは誤魔化すべき?でも、硝子ちゃんには結局後からバレる気がするし…。


「…はい。五条の事が、好き…です。」

「ちょっと名前ちゃん正気!?よく考えてあの馬鹿よ!?」


覚悟を決めて首を縦に振ると、歌姫さんは慌てたように両手を伸ばして私の肩を揺さぶった。

頭がっ…!頭がくらくらする…!!

ガクガクと揺さぶられる私を見て、硝子ちゃんが歌姫さんの腕を掴む。


「歌姫先輩、ちょーっと落ち着きましょ。」


歌姫さんは落ち着かず、私を揺らしながら早口で捲し立てる。

揺さぶられ過ぎてちょっと気持ち悪くなってきた…!


「落ち着いてられる状況じゃないわよ!!
名前ちゃんの気持ちを否定する訳じゃないけど、アイツだけは本当にオススメしないわ!確かにその辺の呪術師よりは強いけど、呪術師が良いならもっと他に…!!」

「じゅ、呪術師が良いとかではなく…!」

「まぁまぁ歌姫先輩。マジで落ち着きましょうよ。何か用事あって来たんじゃないんですか?」

「あらいけない。あの馬鹿のせいで忘れるとこだった。」


硝子ちゃんがそう言うと、歌姫さんの動きがピタリと止まる。

よ、良かった…あれ以上は本気で吐くかと思った…。


「硝子、私がこっちにいる間に飲みに行きましょう。冥冥さんにも声かけとくから。それを言いに今日は来たの。」

「お、良いですね。」

「勿論、名前ちゃんも一緒に。」

「私もご一緒して良いんですか?」

「当たり前よ!名前ちゃんには詳しく話を聞きたいし。硝子、後で名前ちゃんの連絡先送っておいて。」

「りょーかいです。」

「じゃあ私は学生達の所に行くから。二人とも、また後でね。」


そう言った歌姫さんは手を振りながら医務室を出ていった。


「大丈夫か?」

「まだちょっとくらくらする…」

「すまんな。五条の事が嫌いなだけで悪い人じゃないんだ。」

「だいじょぶ。わかってるよ。初対面であんなに心配してくれるんだもん。凄く良い人だなって思った。
五条の事を常に『あの馬鹿』呼びなのは可笑しくて笑っちゃいそうだけど。」

「現に馬鹿だからな。五条は。」

「ふふふっ確かに。」

「その馬鹿が名前は好きなんだろ?」


ニヤニヤと人の悪い笑顔でこちらを見る硝子ちゃん。その目には面白がるような色が浮かんでいる。


「うん。…好き。」


五条本人に言っている訳じゃないのに、口に出したら益々自覚してしまったのか、自分の顔に熱が集まるのが分かった。


「気付いたのは?」

「数日前。自分でも凄いびっくりした。」

「歌姫先輩じゃないが…五条の事は私もオススメしない。けど、ま、名前が幸せなら私は誰でも良いよ。」

「硝子ちゃん大好きっ!!」

「はいはい。私も名前が好きだよ。」

「やった!両想い!」


真っ白な白衣に飛び付くと、苦笑混じりの、けれど、包み込むような優しい声が降ってくる。

硝子ちゃんはひとしきり背中をなでてくれてから身体を離した。


「そういや消えたな。目元の隈。」

「そうなの!私、ちゃんと寝れるようになったんだよ。」

「なんだ、五条がいなくて寂しかったのか?」


デスクに頬杖をついた硝子ちゃんがくつくつと喉の奥で笑った。


「…そーかもです。」

「五条の等身大抱き枕でも作っとけば良いんじゃね?そしたら寝れんだろ。」

「そんなのいらないよ!」


190cm以上ある抱き枕なんて絶対邪魔に決まってるし、そんなの抱いてたら恥ずかしくて余計に寝れない!


「ふふ、冗談だよ。ほら、そろそろ時間じゃないのか?」

「ほんとだ。仕事残してきちゃったし、私もそろそろ行くね。お菓子置いてくから食べて。」

「さんきゅー。…名前。」

「ん?」

「1人になるんだから気を付けろよ。五条にも一応伝えとけ。」

「高専の中だから大丈夫だよ。でもありがと!五条にもちゃんと伝える。」

「ああ。」


「バイバイ」と手を振って硝子ちゃんに別れを告げ、医務室を背に歩き出す。
窓へ顔を向けると、9月なのに真夏のような太陽と目が合う。

思い出すのは、お日様みたいに笑う悠仁くんのこと。


ついに悠仁くんも皆と合流か…。

恵くんと野薔薇ちゃん、悠仁くんと会ったらどんな反応するんだろう。

2ヶ月振りに会うんだもん。きっと感動の再会になるんだろうな。


「…この音、何だろう。」


悠仁くん達に想いを馳せながら歩いてると、廊下の奥から大きな音が近づいて来くる。
何事かと思い、私はその方向へ歩みを進めた。










「あ、名前!おつかれサマンサ〜!」


音の方向へ進むと、台車を押した五条が前から歩いて来た。
ガタガタと大きな音をたてる台車には巨大な箱が乗っていて、その上にはピンク色をした謎の人形が数個置いてある。


「それなぁに?」


私の横に止まった台車を指差すと、五条はニヤリと笑って顔を近づけて来た。


「気になる?」

「き、になる。」


殆ど鼻先が触れ合わんばかりに五条の顔が迫って来た。反射的に一歩下がった私は、顔が赤くならないよう必死に冷静を装う。

だから距離が近いんだって…!!!


「じゃあ名前には1番に見せてあげる。開けてみて良いよ。」


五条が箱の上に乗っていた人形を抱えた。

…そのピンクの人形も気になるんだけど。


「ああコレも?」


私の視線に気付いた五条は、腕の中からひょいと人形を掴み「とある部族のお守り。」と言った。

何に効くお守りなんだろう…。
ブードゥー人形みたいだから厄除け?良く見るとちょっと可愛いかも。


「名前のお土産は別で用意してあるよ。ご希望のチョコレートと…あと、あっちで見つけた面白いもの。」

「面白いもの……?」

「それはまた後で。ホラホラ!開けて開けて!」


面白いものが何か気になったけど、五条に促されたので蓋に手をかける。開いた隙間から恐る恐る中を除いた。

パチリ。

目が合う。


「…………………。」


パタン。

蓋を閉じた。


「何で!?何で今閉めたの!?」

「しーっ!誰か来たらどうするの!!早く戻って!!」


バゴッと音を立てて、箱の中から勢い良く飛び出したのは悠仁くんだった。

交流会は正午からだし、まだお披露目前だよね!?誰かに見つかったら大変!

そう思った私は悠仁くんに蓋を被せ、箱の中へ戻るようにグイグイと上から押さえつけた。


「そ、そんな押し込まんでも…!いででででで!」

「名前ー。誰もいないから大丈夫だよー。そろそろ止めてあげないと悠仁が潰れるよー。」

「え?うわっ!ごめん悠仁くん!!」


五条の言葉にハッとして蓋を退かす。
箱の中の悠仁くんは頭を押さえたまま、ちょっと涙目で私を見上げてくる。


「名前サン、意外と力あんのね…。」

「ごめんね。つい焦っちゃって…。でも、どうして箱の中に?」

「地球温暖化が解決すんの!」

「なんて?」


悠仁くんが箱の中に入っている事と、地球温暖化を解決する事に何の関係があるんだろ…。
悠仁くんの中にいる宿儺が二酸化炭素を吸収するとか?いや、そんなハズ無い。

私が頭を悩ましていると、五条がこほんと一つ咳払いし、人差し指を立てて得意気に言った。


「わかってないなぁ名前は。感動の再会にはサプライズがつきものでしょ。」

「サプライズってまさか…この箱から悠仁くんが飛び出してくるの?さっきみたいに?」

「イーエスッ!このGLGが一生心に残る感動のサプライズシチュエーションを用意したのさ。
死んだと思われていた悠仁が華麗に登場すれば、世界中が感動の涙に包まれること間違いなしっ…!!!」

「俺マジ楽しみ!」

「いや、全世界はありえないでしょ…スケール大きすぎ。」


陽気にはしゃぐ彼らを見て、私は溜め息をついた。

悠仁くんが期待している形には絶対にならない。
恵くんはどうかわからないけど…野薔薇ちゃんは怒る。確実に怒る。


「悠仁くん、絶対五条に騙されてるからやめた方が…。」

「え、なんで?サプライズして更に温暖化解決って最高にCOOLじゃん。」

「そ…そうよねクールよね。」

「だっしょー?」


ダメだ…こんなにキラキラした目で言われちゃったらもう何も言えない。


「早く会いてぇな。」噛み締めるような口調で悠仁くんが呟く。


サプライズが成功しても失敗しても…悠仁くんが嬉しそうだからいっか。


「生徒で遊ぶのも程々にね。」

「え?何のこと?」

「確信犯のくせに。」

「これも青春デショ。辛気臭い再会になるよりは良いと思うけど。」



隣に立つ五条を見上げると、彼はこれから起こる事すべてを知っているという風にニヤニヤと笑っているのだった。

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