ゆっくり目蓋を開けると、星屑を撒いたような瞳が視界に入った。
カーテンから射し込む陽光で、瞬きをするたびに中の星がキラキラと輝いている。
「おはよう」私の前髪を指で梳いて、五条が笑った。
「ん…おはよ…。」
「良く眠れた?」
五条の言葉に黙って頷く。
…あんなに眠れなかったのが嘘みたい。
謎の不眠が発動して以来初めて、朝まで一度も起きずにぐっすりと眠った。
「だから言ったでしょ。”絶対”って。」
「どうしてわかったの?」尋ねると、彼はウインクをして「当ててごらん」と言った。
「昨日より暑くなかったから?」
「エアコンつけてるんだし、暑さは関係ないよね。」
「寝る前に紅茶飲んだから?」
「寝る前にカフェインとっちゃダメでしょ。」
「やっぱり五条の術式…。」
「そんなに術式使って欲しいの?」
にんまり。
「け…結構です。」
何されるか堪ったもんじゃない…!!!
「なら、私が眠れなかった理由って一体何だっていうの…。」
「じゃあ聞くよ。眠れなくなった期間、誰と寝てた?」
「?私1人で寝てたに決まってるじゃない。」
「朝までぐーっすりだった昨日は?」
「五条とだけど…それがどうしたの?」
何でそんなことを私に聞くのかわからなかった。だって五条もわかってる筈だし。
「くくくっ…」
「何笑ってるのよ。」
「いや、この間の件から名前チャンはわかりやすくて可愛いなと思って。」
「かわっ…!?」
五条が片手でそっと私の頬に触れる。上を向かされて、こくりと息を飲む。
こつんと、額が落とされた。
「僕がいなくて、そんなに寂しかった?」
………寂しかった?五条がいなくて?だから眠れなかったって言うの?
「いや、それはない。絶対。」
「だぁーって、名前が眠れなくなっちゃったのは僕と離れてからじゃん。」
「そう言われてみれば確かに……じゃないっ!絶対、絶対絶対ぜーったいにそれは違う!!」
私が眠れなかったのは運動不足とか、何かの拍子で体内時計が狂ったとか、変なもの食べちゃったとかだよ!!!
あとはえーと…えーっと、…とにかく!!!五条がいないのが寂しくて眠れなかったとかでは無い!!!
「さーて。原因もわかった事だし、もう一回寝ようか。僕まだ寝足りないんだよね。」
「無視!?わ、私もう起きるからっ!」
「だーめ。」
五条から逃げ出ようと身体を起こしたけど、すぐに伸びてきた腕に腰を掴まれ、あっさりと布団の中へ逆戻りしてしまった。
「もう大丈夫。僕が隣にいるから、寂しくないよ。」
五条が一目で分かるほど楽しそうに顔をほころばせる。
抱き締められるようにして寝転びながら、そんなこと、そんな優しい声で言われて。どう返せば良いのかわからなくなった私は黙り込む。
「だから安心して寝な」下にさがっていた布団を上にあげた五条は、そのうち本格的に寝息を立て始めてしまった。
私、起きるって言ったのに…。
「…ん…名前…。」
「五条?起きたの?……なんだ、寝言か。」
寝言で自分の名前を呼ばれて、なんだかくすぐったい気持ちになった。
私の身体は、依然五条の腕の中。
抵抗して強引にでも抜けだそうと考えてたけど…気持ち良さそうに眠る五条を起こすのは流石に可哀想だからやめた。
あ、寝癖。
ぴょんと跳ねた寝癖が可愛くて右手を伸ばして髪を撫で付けた。薬指の指輪に陽の光が反射してキラリと光る。
「んん…」
くすぐったそうに身動ぎした五条に、髪に指をうずめるようにして引き寄せられ、頭ごと胸に抱え込まれる。ぴったりとくっついたので五条の匂いが鼻孔を擽った。
その匂いに包まれたら、まるで呼吸をするみたいに自然と笑顔になってる自分がいて。
───ああ、好きだな。
「え……………?」
私、今なんて思った?
………好き?五条を?……私が!?
無い無い無い無い!絶対無い!!ありえない!!!
「……………。」
ありえない?
本当に…?
目を閉じて考える。
五条と一緒なら大丈夫と思ったのは何故?
一緒にいて安心するのは何故?
傍にいるとドキドキするのは何故?
触れられることが嫌じゃないと思うのは何故?
チラリ。五条の顔を見る。
きゅんって、胸が痛んだ。
飄々として、掴みどころがなくて、たまに意味不明なこと言うし、性格だって悪い。
でも…意外と面倒見がよくて、生徒想いで、テキトーに見えても実は信念があって、甘過ぎるほど優しい、誰よりも強い人。
いつから?なんてわからないけど…
『好き』
その言葉が、ストンと心に落ちてくる。
そっか、私…
五条のことが好きなんだ。
…って事は、寂しくて眠れなかったってのも、あながち間違いでは無いって事!?
いやーーーっ!自覚したらめちゃくちゃ恥ずかしくなってきたんですけど!?
待って待って待って!!好きな人に抱き締められて寝てる今の状況もどうなのよ…!!
きゅ…急に五条の顔が見れなくなってきた…!!
どうしようどうしよう…また不眠発動しそう…!!!!
結局、そんな考えは杞憂だったみたいで、色々考えてるうちに気付いたら眠ってた。
五条と私が起きたのは、夕方過ぎになってからだった。