「それで?なーんで名前ちゃんは僕から逃げたのかなぁ?」
帰ってきたと同時に、半ば放り投げられるようにしてソファーに押し倒された。
顔の横には五条の手。
ああ…これデジャヴ。
あの時とちょっと違うのは、サングラスを取った五条の顔がちょっと楽しそうなところ。いや、嘘。笑ってるけど、これはきっと怒ってる。
「に…逃げてなんかっ…!」
「逃げたでしょ。硝子のとこに。」
「それはっ…!普通にお泊まり会しようって…。」
「そんなこと一言も言ってなかったのに?」
「……………………。」
「名前。」
やめてよ。
そんな声で名前を呼ばないで。そんな目で私を見ないで。
「………五条だって、私に言わなかったじゃない……特級に襲われたって。」
「僕が特級に襲われても、それは名前には関係の無い事でしょ。」
「関係ないけどっ……でもっ…!!」
そこまで言って、言葉が切れた。
私を見下ろす五条の目から逃げたくて、顔を横に向ける。
「…………心配くらい、するよ…。」
私が吐き出せたのは、消え入りそうな、か細い声だった。
「……ねえ名前、僕の事……、」
五条が次の言葉を続けようとした瞬間、バイブレーションの音が響く。音の発信源は…五条のポケット辺りから。
五条は電話に出ようとしなかったけど、相手もまた切る気は無いようで…ひたすらに震え続けている。
「……………五条。電話、ずっと鳴ってる。」
「……あ"ーもう誰だよ!!!もしもし!?」
観念した五条は、苛立った様子でポケットからスマホを取り出して、画面も確認せず耳に押し当てた。
「あ"?硝子?…………ハァ!?んだよ仕返しって…ちょ、名前!!」
電話の相手はどうやら硝子ちゃんみたいで。五条が私から電話へ意識を向けた瞬間、私は五条の隙をついて腕から逃げ出した。
「…硝子、マジでタイミング最悪。」
『名前にとっては最高のタイミングだと思うけど?』
「もしかしてお前狙って…!」
『っくく…ザマーみろ。』
「………笑ってんじゃねぇ後で覚えてろよ。」
電話を切って、ソファーに頭を預けて深く息をつく。
また逃げられた。
きっと名前はベッドで布団被って籠城してるだろうし…今日はもう話せそうにないな。
タイミング悪く明日は朝から出張だし、その後は悠仁の事を七海に頼む為に北海道。おまけに交流会の直前までは海外出張も決まってる。
当分、名前とゆっくり話せる時間は取れそうにない。…これだから呪術師最強は困るよ。
でも…キス未遂で、僕から逃げ出す程に意識してくれるんでしょ?
実は寝てる間に何度もキスしてます、なんて知ったら彼女はどんな反応をするのだろうか。
それにさっきの………………、
「もう少し…かな。」
足を投げ出して寝転ぶ。漂う名前の残り香でさえ、今の僕は愛しく思えた。
さぁ、甘い地獄へ堕ちておいで。