「こんな時間にお客さん?」
時計を確認して不思議そうな顔をした名前に、「ちょっと出てくる」と言って、ハイボールの缶を持ちながら席を立った。
玄関まで進んで、ドアスコープを覗く。
真っ黒の服に、サングラス。
立っていたのは、かつてのクラスメイトで、現同僚の五条悟だった。
「名前は?」
ドアを開けてやると、五条はろくに挨拶もせずに名前の名前を出した。
「酒飲んでる。」
「何か聞いた?」
「聞いた。…つーか来るの早すぎ。ガキじゃないんだし1日くらい待てるだろ。」
露骨に嫌な顔をする私を見て、五条はあっけらかんとした口調で答える。
「生憎…欲しいものがすぐ目の前にあるのに、指咥えて待つだけなんて性に合わないんだよね。」
「…名前がここに逃げて来た意味、わかんないワケじゃないだろ?」
「だってさぁ、今がつけ込むチャンスじゃん?それ逃すなんて勿体ないことしたくなーいの。だから早く名前渡して?」
両手を前に出して、首を傾げる五条。
28の男がそれやってもキショイだけだっつーの。
「ハァ…ほんっと、五条なんかに目をつけられた名前が可哀想だ。…奥にいる。自分で捕まえて持ってけ。」
「おっじゃまっしま〜す。」
軽い足取りで奥へと向かった背中を見送る。
これからあの真っ黒な狼に捕獲される兎を想像して、心の中で合掌した。
硝子ちゃんが戻ってこない。
お友達でも来たのかな?
3本目のハイボールに口をつけて、テレビに目を向ける。
ひょろっとした体型にマッシュルームカット、大きな黒ぶちメガネを掛けた最近流行りの芸人さんが、木からひょっこりと顔を出していた。この人、子供に人気あるよね。
ぼーっと見ていたら、背後でカチャリとドアの開く音。
「硝子ちゃんおかえ、」
「や。」
振り向くと、見覚えのありすぎる黒ずくめの男。
あれ。酔って幻覚でも見てるのかな。私、五条から逃げたくて硝子ちゃん家に来たんだよね?
顔をテレビへと戻す。相変わらず木からひょっこりする芸人さんが映っている。
うん。きっと気のせい。ほら、振り向いたら五条なんていな…
「名前、帰るよ。」
「…………なんでいるの!?」
びっくりして思いっきり叫んだ。
「え…!?ま…何…、待って。…え?……何で五条!?」
「荷物は?」
「え、これと、あっちの…。」
「これね。あっちは…あとで良いや。はい、立って立って。」
混乱している私を他所に、私のバッグを肩から下げた五条。
むんずと、私の腕を掴んで立ち上がらせて、そのまま手を引いて玄関へ歩きだす。
「硝子、残りの荷物は置いといて。後で取りに来る。」
「はいよー。」
その途中で、硝子ちゃんが壁に寄りかかってハイボールを飲んでいた。
五条は硝子ちゃんに脇目もくれず、私の手を引いて真っ直ぐ歩く。
「待って待って硝子ちゃん私っ…!!!」
「安心しろ。残りのハイボールは私が飲んどく。」
「そうじゃなくてえええ…!!!」
「ほら、タクシー待たせてるから早く。」
硝子ちゃんとの楽しい時間は、突然現れた五条によって強制終了。
硝子ちゃんの部屋を出た私は、待っていたタクシーの中へと押し込まれた。