目を瞑って、ゆっくり大きく息を吸う。
部屋全体を闇が包み込み、夜になるイメージ。
頭から身体の内側へと意識を向けて、自身の奥底にある力を捻出する。
「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え。」
言霊を乗せて力を流す。
自分の声と一緒に、力が流れるように。
…………。
………………。
「あーもうっ!でーきーなーいー!!」
床に膝を付き、頭に手を差し込んで髪を掻き回す。あれから何度やっても帳は下りない。
「こんな感じかなって頭では理解出来てるのになんで!?もしかしてこの指輪のせい!?」
硝子ちゃんが言っていた。
この指輪がない時の私は、そこそこ凄かったって。
この指輪は私を守る為の物だって理解してるけど…今はちょっと恨めしく思う。
「帳は呪力が一定以上あれば誰でも習得可能。名前の呪力は指輪で絞ってるけど、ボーダーラインのギリギリ位はあるし不可能では無いよ。」
「髪、凄いことになってる」、五条は笑いながら私の前にしゃがみ込み、鳥の巣のような私の髪を手櫛で解いていく。
「じゃあ私のセンスの問題?…もうちょっとで出来る気がするんだけどな…。うー…悔しい。」
「集中力が足りないんじゃない?」
「集中力?」
「そう。集中力を高めて、帳を下ろす部屋の隅まで意識を向けないと。意識が行き届いてる範囲しか帳は下りないよ。
慣れてくれば感覚でいけるけど、そうじゃないうちはその辺しっかりやらないとまず無理。」
「集中力って、どうやって高めるの?糖分補給?」
「それも良いね。あとは瞑想するとか。」
「瞑想ね。わかった、やってみる。」
背筋を伸ばして座り直す。
肩の力を抜いて、目を閉じた。まずは大きく深呼吸。
呼吸と心音が落ち着いてきたら、雑念を取り払い、思考を止めて頭を空っぽにする。
あ…。今までと違う感覚。今なら…!
「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ…ひぁっ……!」
「あれ?もしかして耳弱い?」
耳に何かが触れて、思わず変な声を出してしまった。
目を開くと、こちらに手を伸ばしている五条の姿。
「急に何すんの!?」
「名前が黙っちゃったから僕暇で。」
「暇でって…五条がやれって言ったんでしょーが!!あああ…今絶対成功したと思ったのに…!」
がっくりと項垂れている私に向かって、「確かに今のは惜しかったね。」なんて、芝居っ気たっぷりに五条が言う。
ほんっとにこの男は…!!!
「でもこれでわかった。次こそ、」
次こそ出来る。
そう意気込んで立ち上がろうとしたのに。
くらり。眩暈がして五条の方へ倒れ込んだ。
「っと。名前、大丈夫?」
「ごっ…ごめん!急に眩暈がして…。」
「慣れてないのに無理矢理、しかも2時間もぶっ通しで呪力出し続けてればそりゃ倒れるよ。今日はもうおしまい。」
「えー!あとちょっとだけ…!」
「ダメ。また明日やればイイでしょ。
ホラ、僕もそろそろ出掛けるから。名前は悠仁と映画でも見てて。」
「立てる?」そう聞いてくる五条に頷いて、手を貸して貰いながらゆっくりと立ち上がった。
そっか。五条はこれから学長と会食だっけ。
「名前は本当に行かないの?」
「うん。私は大丈夫。悠仁くんと一緒にいる。」
実は私も学長からお誘いを受けていた。美味しいご飯は魅力的だったけど…今日は悠仁くんと一緒にご飯を食べようって決めてたから、学長には丁重にお断りを入れた。
「あんまり悠仁を甘やかさないでね。」
「努力はする。………たぶん。」
悠仁くんも、恵くんも、野薔薇ちゃんだって。
皆可愛いから、どうしても甘やかしたくなってしまう。
そんな私を見て、五条は呆れたように嘆息を吐きだした。