蛍光灯が切れていると聞いて、脚立を持って1人で寮まで来た。
ここへ来る前、私だけで大丈夫か、怪我はしないかと何度も伊地知さんに確認されたけど…。蛍光灯を変えるくらい、私1人でも出来る。
私の知らない所で五条に色々言われているのか、日に日に伊地知さんが過保護になってきた気がする。
…伊地知さんの無駄な心労、増やしたくないんだけどなぁ。
「あった。ここだ。」
上を見上げると、切れかけた蛍光灯がチリチリと微かな音を立てている。
肩に担いで持ってきた脚立をその下に立てて、ゆっくりと脚立を登った。
切れかけの蛍光灯を外してから一度下に降り、新しい物を持って再び脚立へ登る。
脚立の天板を跨いだ所で、目線の先にスッと人の影が入り込んだ。
あれって………。
入学手続きの書類で見た、ボブカットの明るい髪色。
「釘崎さん!」
「…………誰?」
釘崎さんは大きく顔を顰めて私を見上げる。
「ごっ…ごめんね急に声かけて!私、怪しいものじゃないの!今蛍光灯変えてて、」
「見りゃわかるわ。」
「…ですよね。じゃあまず自己紹介から…、」
「ねぇ。」
「ん?」
「とりあえず…それ終わってからにすれば?」
「いつまでそこにいるつもり?」と、釘崎さんが呆れたように言った。
脚立に乗って、蛍光灯を握りしめたまま自己紹介する自分を想像してみる。…結構間抜けかもしれない。
「………じゃあ…これ、新しいのに変えちゃいます。」
腕を伸ばして、新しい蛍光灯を回転させながら取り付ける。
いつの間にか近くに来てくれた釘崎さんが、脚立の脚を押さえてくれている。
凄い。美人なうえに優しさまで兼ね備えている子だ。
「手伝ってくれてありがとう!改めて…苗字名前です。この高専で事務員をしてます。宜しくね釘崎さん。」
「あー…男共が言ってた"名前さん"ってアンタの事ね。釘崎野薔薇よ。野薔薇で良いわ。ヨロシク。」
「じゃあ野薔薇ちゃんって呼ばせて貰うね!」
脚立から降りて、野薔薇ちゃんにお礼を言ってから自己紹介。1年生の中での紅一点。やっと会えた。
「えへへ、会えて嬉しい。入学手続きの書類で野薔薇ちゃんの名前を見た時、凄く綺麗な名前だなって思って。野薔薇ちゃんって、早く呼びたかったんだ。」
「…褒めても何にも出ないわよ。」
そう言って野薔薇ちゃんは顔を逸らした。ちょっと見えてる耳がほんのりと赤い。もしかしなくても照れてるよね?可愛いなぁ。大人びた印象の彼女だけど、やっぱり高校生だ。
「いらない、いらない。あ、私が逆にあげる。さっき手伝ってくれたお礼!」
ポケットに手をいれて取り出した、白とピンクのちっちゃな三角形を、野薔薇ちゃんの手の平へコロコロと転がした。
「……いちごみるく。」
「それ、美味しいんだよ。もうそれしかないから、悠仁くんと恵くんには内緒ね?」
ヘラリと笑って、「野薔薇ちゃんだけ特別」と言うと、野薔薇ちゃんは手の平の飴を見てため息をついた。
「名前さんって、年上の感じ全然しないんだけど。」
「そう?とっくの昔に成人して、お酒も飲める歳なんだけどな。
じゃあ…歳上に見えなかった記念に、私とお友達になってくれますか?」
「どんな記念よ。ったく…良いわよ。友達になってあげても。」
野薔薇ちゃんに向かって右手を差し出せば、しっかりとした強さで握り返された。
「やったぁ!じゃあ、晴れてお友達になったことだし…困ったことがあったら、1人で悩まないで私に相談してくれると嬉しいな。」
「困ったこと…あ。名前さんって、東京詳しい?」
「出身は東京じゃないけど、それなりに長く住んでるから…めちゃくちゃ詳しいって訳じゃないけど、一応わかるよ。」
私がそう言えば、野薔薇ちゃんは目を輝かせた。
「マジ!?私、恵比寿に行ってみたいカフェがあるんだけど!」
「恵比寿?良いよ!行こう行こう!
私、友達って呼べる人が凄く少ないから、カフェでお友達とお喋りしながらケーキ食べたい!!」
野薔薇ちゃんの言葉に、今度は私が目を輝かせる。
小さな頃から周りに嫌われていたから、勿論友達なんていなかった。
大学でようやく出来た友達は、1年の中頃に留学して、そのまま現地で結婚。もう何年も会えてない。
”友達”と言う存在に縁が無かった私。
だから友達と一緒に何かをした経験が殆ど無い。
カフェで時間を気にしないでお喋りとか、一緒に買い物とか…ずっと憧れていた。
「決まりね。他にも超絶映えるカフェ探しとくからハシゴしましょ。」
「うん!………あ。ごめん、野薔薇ちゃん…この話、一旦保留でもいい…?」
「何でよ。」
「私、ちょっと訳ありなんだよね…。」
「はぁ?訳あり?」
野薔薇ちゃんの片眉が、ピクリと上に上がる。
「そう。そのせいで、私と一緒だと呪霊が襲ってくる可能性があるの…。だから高専とか、決められた範囲の外に出るのって許可が必要で…。」
野薔薇ちゃんとカフェに行きたい。でも、私の判断で勝手は出来ない。
五条の大事な生徒さんに、怪我をさせる訳にはいかないから。
「ふーん。名前さんにも色々あんのね。許可なんて取らなくても大丈夫よ。名前さん1人くらい、私が守るもの。」
背筋をピンと伸ばし、胸を張って堂々と言い切った野薔薇ちゃん。凄くカッコよくて、キラキラして見えた。
「ありがとう!でも、野薔薇ちゃんに迷惑かけたくないし、ちゃんと確認して連絡する。」
「わかった。必ず連絡してよね。」
「絶対する!」
「じゃ、私行くわ。コレ、ありがと。」
お互いの連絡先を交換した後、野薔薇ちゃんは手に持っていた飴を1つ摘まんで、顔の横で振った。
「どういたしまして!またね野薔薇ちゃん。」
野薔薇ちゃんは部屋に戻って着替えてから、再び外へ出掛けるらしい。1年生組でご飯に行くみたい。
名残惜しいけど…野薔薇ちゃんとは此処でバイバイだ。
私も残して来た仕事があるし、事務室戻らなきゃ。
「五条に会ったらすぐに言う!」
よし、と意気込んで、肩に乗った脚立を担ぎ直した。