本当に最強だった。

いや、どのレベルが最強と言うのかは知らないけど。
男が手を翳すとバケモノは一瞬で弾け飛んで消えてしまった。

「はい終わり〜楽勝〜」と、離れた所で気の抜けた声が聞こえる。


夢でも見てるのかな?

今日はマッチングアプリで知り合った人と初めて会う日だったはずなのに、なんでバケモノに襲われて、目隠ししてる怪しい男に助けられているんだろう。

試しに頬をつねってみた。普通に痛い。


いつの間にか戻ってきた男は、自分の頬をつねる私を見てケラケラと笑う。なんなんださっきから。


「ねえ、名前は?」


男が私へ手を差し出すが、私はその手を取らない。
当たり前だ。怪しい男の手をあっさり取るような馬鹿ではない。


「…人に名前を聞くときは、先に自分の名前を言うべきじゃないんですか?」

「それは失礼。僕は五条悟。君は?」

「…苗字名前。」

「ん。名前ね。じゃあ名前、とりあえず行こっか。」

「え?ちょっ…!?…きゃっ!!」


五条悟と名乗った男は、勢い良く私の腕を上へ引っ張り上げた。そのまま素早い動作で背中と膝の裏に手が差し込まれ、軽々と抱き上げられてしまった。


「うっわ軽っ。ちゃんと食べてる?」

「やめて!離して…!!!」

「はいはい暴れない。落ちちゃうよ?ってかちょっと黙ってくれる?今から飛ぶから。」

「え、とぶって…、」



さっきと同じように身体が引っ張られる感覚。
思わず瞑ってしまった目を開けた時には、全く違う景色に変わっていた。

さっきまで駅前にいたはずなのに…時間潰しにウインドウショッピングをしていた通りに戻っている。真っ暗だった空も、いつの間にか青空になっていた。

もう一度頬をつねる。痛い。やっぱり夢じゃない。


そんな私をまたケラケラと笑った五条悟を睨んでみるが、更に楽しそうに笑みを深くする。

そのまま私の顔を覗き込んだ五条悟は、「立てる?」と聞いてきた。

この人の距離感はどうなっているんだろうか。さっきから距離が近過ぎる。


ぐっと足に力を入れてみる。うん。大丈夫。ちゃんと力入る。足の震えも止まってるし、これなら自分の足で立てるはず。
私が頷くと、五条悟はゆっくりと私を地面へ下ろした。

まだ心臓がドキドキしてる。ドキドキを落ち着けるように、胸に手を当てながら深呼吸をする。

吸ったり吐いたりを繰り返しながら横目で五条悟を見ると、ポケットからスマホを取り出して何処かへ電話を掛けていた。


「だーかーらー、街中で突然遭遇したから帳が完全に間に合わなくてちょっと壊れちゃったんだよね。だから伊地知あとはヨロシク。」


私に背を向けて誰かと話し込んでいる。

あれ?もしかしてこの隙に逃げられるんじゃない?


名前は教えて貰ったけど、全身真っ黒で目隠ししてる怪しい人には変わり無い。

走って逃げる為にクルリと振り向けば、長い腕が伸びてきてがっしりと腕を捕まれた。


この人背中に目でも付いてるの!?


空いている片手を使ってどうにか離そうとしてみたけれど、大きな手はびくともしない。

今なら逃げられると思ったのに…!!!


「僕?これからパンケーキ食べに行くって言う大事な用事があるの。じゃあ後は頼んだからね〜」


電話口から叫ぶような声が聞こえていたが、五条悟は気にせずにポケットにスマホを突っ込んだ。


「じゃあ行こっか」


語尾にハートが付くような言い方をして、五条悟はこちらに振り返った。


「行くわけ無いでしょ!私、待ち合わせしてるの!ホントに離して!」

「でも駅前あんなだし、待ち合わせどころじゃないと思うけど?」

「そんなの!相手に連絡取ってみないとわからな…」


ショルダーバッグに入っているスマートフォンを取り出そうと手を入れてみたが、いくら探っても長方形のそれが見つからない。


「そう言えば、さっきの奴がスマホみたいなの踏み潰してたな」


最っ悪だ。


初めてのアポだったのに。
駅前は半壊するわ、スマホは化け物に壊されるわ、変な男に捕まるわ…。

アポの約束をしていた相手の人に申し訳なさ過ぎる。まだアプリでメッセージのやり取りしている人だっていたのに。

ガックリと肩を落とす私とは対照的に、五条悟は鼻唄を歌いながら歩き出した。
当然のように私の腕は掴まれたままなので、私も五条悟の後を着いていくしか無い。



ああもう…これが夢なら良かったのに。

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