海老とアボガドのカスクートを噛りながら、目の前でコーヒーを啜る七海さんを見る。


「…口に合いませんでしたか?」

「いえ、海老がプリプリで美味しいです。七海さんと二人って初めてだなと思いまして。」


私の視線に気付いた七海さんと視線が絡む。
七海さんはコーヒーカップを置いて、長い足を優雅に組んだ。


「アナタはいつも五条さんにべったりですから。」

「それだと語弊がある気が…。」


確かに私はほとんど五条と一緒にいる。でもそれは、五条が私の監査役と護衛役だから。
七海さんの言い方だと、私が五条から離れないように聞こえてしまう。

でもまぁ…今日の所はそう言うことにしておこう。
カスクートご馳走になってるし、下手に反論しても七海さんに口で勝てる自信が無い。








「………嫌になりませんか?1人じゃ外出することも出来ない、自分の事が。自分ばかり我慢しなければいけない、この状況が。」


七海さんはサングラスを押さえてから、スッと目を細める。一瞬にして場の空気が変わった気がした。

あんまり考えないようにしてたのに、七海さん…痛いとこつくなぁ。


「…1人で色々出来ないのは退屈だし、窮屈です。
でも私が勝手に出歩いて、もし呪霊を引き寄せてしまったら…私のせいで、何も知らない誰かが傷付く事になる。命を落としてしまう事だってあるかもしれない。それは私を守ってくれてる人達にとっても同じ。
それなら、殻にこもってじっとしていた方が良い。誰かの命に比べたら、私の我慢なんてちっぽけな事なんです。……ってなんか偽善っぽいですね。」


私だけ我慢して、周りが救われるなら…そうした方が良いに決まってる。これは仕方のないこと。

頭では、ちゃんとわかってる。


「……本当は、怖いのかもしれません。私のせいで誰かが傷付いて、また誰かに嫌われるのが。」


七海さんの言う通りだ。


「ふとした瞬間、嫌になります。どうして私は、こんな血を持って生まれて来たんだろうって。」


紅茶の中に映る私が、ゆらゆらと揺れる。
その辛気臭い自分の顔を見ているのが嫌になって、紅茶に口をつけた。

すっかり冷めてしまった紅茶は、少し苦い。


「……呪術のジュの字も知らずに連れて来られたんです。それなのに何の文句も無く、自分の運命だから、自分より他人が大事だからと、あっさり受け入れられるような人間なんて、気味が悪くて、私は嫌ですよ。
…良いんじゃないですか。文句の1つや2つくらい言っても。」


長い足を組み換えて、七海さんはコーヒーカップへ手を伸ばす。
先ほどの彼のピリッとした雰囲気は、今はもう消えていた。


「…本当はもっと出掛けたいとか言っても良いんですかね。守って貰ってる身で、こんなこと言うのは烏滸がましいかなって思ったら言えなくて…。」

「アナタが最初から無理と決めつけているだけで、実は可能な事もあるかもしれません。言うだけならタダです。
それに、アナタの事を守ってくれている人は、ちょっとやそっとじゃ死にませんよ。あんなでも一応、最強の男ですから。」


「ふふふっ…そうですね。私、最強の呪術師に監視と護衛されてるんでした。じゃあ今度、出掛けたいって話してみようかな。
ありがとうございます七海さん。何だかスッキリしました。」


七海さんに会えて良かった。なんだか今日は良く眠れそう。そんな気がする。


「コーヒー冷めちゃいましたよね?淹れ直しましょうか。」

「いえ、遠慮しておきます。流石にどちらか帰ってくる頃でしょう。」


七海さんとのおしゃべりに夢中で、時間を気にしていなかった。
申し訳ないなと思いながらも、こうして最後まで付き合ってくれた事が嬉しい。

ポケットからスマホを取り出して時間を確認すると、七海さんが来てから1時間も経っていた。


「あ、伊地知さんからメッセージ来てる。あと10分くらいで高専に着くそうです。七海さん、伊地知さんに会ってきますか?」

「いや、書類の提出は済ませたので、他に用事はありません。このまま帰ります。」


せっかく来たし、ちょっとくらい会っていけば良いのに…なんて、七海さんに言っても無駄だよね。


「わかりました。」

「伊地知くんに宜しく伝えて下さい。それと…これを彼に。」


七海さんはパンが入った袋に手をいれて、中から1つ取り出した。さっき私が交換したツナと玉子のカスクートだ。


「どうせアナタと同じで食事も取っていないんでしょう。私からの差し入れです。……って、何笑ってるんですか。」

「いや、これは…ふふふっ…やっぱり七海さんって優しいなって思って。ふふ…好きだなぁ。」

「アナタみたいな色々面倒くさい女、僕は嫌ですよ。」

「?色々って…私が稀血なこと以外ですか?」

「ええ。色々面倒くさいでしょう。アナタは。」


色々ってなんだろう。自分では普通の一般人だと思うんだけど…。


「残念。またフラれちゃいました。」

「好きだなんて冗談でも言わないように。何度も言いますが、面倒事は嫌いです。」

「はーい。あ、七海さん。」

「何ですか。」

「今度、七海さんのオススメのパン屋さんに連れて行って欲しいです。前に頂いたクロワッサン、とっても美味しかったので。」

「……五条さんが出張の時でしたら。」



長いため息をついて、心底面倒くさそうに言った後、七海さんは帰っていった。


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