「ま…間に合った…。」


転入学の手続き、制服、その他色々。
たっぷり残業して、なんとか全て間に合った…! あとは制服が届くのを待つだけ…!


「苗字さん、お疲れ様です。」

「伊地知さん。わぁ紅茶…!淹れてくれたんですね。ありがとうございます!」

デスクの上に倒れ込むと、伊地知さんが私の横に紅茶の入ったカップを置いた。

「チョコレートもありますよ。」

「新発売のやつ…!」

良い香りの紅茶にプラスして、チョコレートまで出てきた。伊地知さん大好き…!

「すみません、私も手伝えたら良かったんですが…。」

「いえいえ!私に来た仕事ですから!伊地知さんは謝らないでください。」

「あとは私がやりますから、今日は早く帰ってくださいね。」

「ありがとうございます。この書類にサイン貰ったら、今日は早めに帰らせて貰いますね。」

ああ…疲れた身体に伊地知さんの優しさが染みる…。





”帰ってきました”

紅茶を飲み干したタイミングで恵くんからメッセージが届いた。

さっき硝子ちゃんに会った時、少し前に恵くんの治療が終わって今は寮でぐっすり寝てると聞いていた。だから五条や恵くん達が高専へ帰ってきているのはとっくに知っている。

メッセージが来たってことは起きたのかな?

恵くんの部屋の隣は五条の計らいで転入生くんの部屋だ。

お見舞いついでに、この書類にサイン貰ってこよう。


”お見舞い行ってもいいかな?"

"どうぞ”

すぐに了承の返事を貰えたので、書類が入ったクリアファイルを持って席を立った。








コンコンと軽くノックをして、返事が聞こえてからドアを開けた。


「おかえり恵くん。調子はどう?」

「ぼちぼちっス。」


ベッドに腰かけた恵くんが眠そうに目を擦る。

硝子ちゃんの治療を受けたから勿論傷は無い。
まだ少し眠そうだけど、元気そうで良かった。

「これ、飲み物買ってきたから後で飲んで。」

「ッス。」

「仙台、色々大変だったって聞いたけど…」

「あー…その辺は五条先生に。色々ありすぎて流石に疲れました。」

「そっか。お疲れ様。」


はーっと溜め息ついて顔を下げた恵くん。その頭をわしゃわしゃと撫でる。
恵くんの髪の毛は、彼が操る式神、玉犬みたいな触り心地。


「疲れたんで名前さんの飯が食いたいです。」

「うん。勿論良いよ。恵くんが食べたいもの、何でも作ってあげる。」


五条に紹介された恵くんと知り合ってから、ちょくちょくご飯を作ってあげている。なので、たまにこうやってリクエストをくれる時があるのだ。

可愛いなぁ。棘くんも弟みたいだけど、恵くんも弟みたい。

ニコニコしながら恵くんの頭を撫でていると、隣から話し声が聞こえて来る。

「五条と…転入生くんかな?」

「ですね。」


恵くんは怠そうに立ち上がって廊下へ出ていった。
恵くんが座って少し乱れたベッドを直してから、私も廊下へ向かう。


「げ、隣かよ。空室なんて他にいくらでもあったでしょ。」

「おっ、伏黒!今度こそ元気そうだな!!」


恵くんと転入生くんの声が聞こえる。恵くん、ホントは嬉しいくせに。ツンデレってやつかな?


「だって賑やかな方が良いでしょ?よかれと思って。」

「授業と任務で充分です。ありがた迷惑。」


五条と恵くんが話している時に、ドアからそっと顔を出してみた。パチリ、転入生と目が合う。


「お姉さん、誰?」

「名前〜っ!」


自己紹介をしようと思ったのに…五条が物凄い勢いでこっちに駆けてきた。身長が高い五条のせいで、私の視界から転入生くんが消える。


「おかえりなさい五条。私、転入生くんに用事があるの。邪魔。」

「ただいま名前。ねぇ、仙台出張頑張った僕に邪魔は酷くない?頑張ったねって褒めてくれないの?」

「ガンバッタネ。はい、そこ退いて。」

「凄い片言。」


だって、今回一番頑張ったのは恵くんでしょ?

退いてくれない五条の横をすり抜けて、転入生くんに近づく。


「はじめまして。苗字名前です。この高専で事務員をしてます。」

「虎杖悠仁です!!好みのタイプはジェニファー・ローレンス。よろしくおなしゃす!!」


私が自己紹介をすると、虎杖くんも自己紹介をしてくれた。
今時の子は好みのタイプまで言うのか。なるほど。


「虎杖くんね。宜しく。私の好みのタイプは…優しくて、芯が強い人、…かな。」

「名前それって僕のこ、」

「五条は優しくないから違う。」

私の一言で、五条が隅っこでいじいじとし始めた。時々こっちを見てくるけど、絶対に目を合わさないでおく。


「名前さん、五条先生ほっといて良いの?」

「五条の事は大丈夫。それより…虎杖くんに書いて貰いたい書類があるんだけど良い?」

「オッケ!あと、虎杖じゃなくて悠仁でいーよ!」

虎杖くん改め、悠仁くんにニパッと微笑まれる。お日様みたいに笑う子だなぁ。

「わかった。悠仁くんね。ここに名前書いて欲しいの。」

書類とペンを渡すと、悠仁くんは突然しゃがみこんだ。廊下を下敷き代わりにして書類を書いてくれるらしい。
板張りだから字が歪みそうだけど…まぁいっか。


「おっし!書けた!これで良い?」

「ありがとう!これで書類関係は大丈夫。
あとは学生証用の写真が欲しいから、出掛けた時にでも撮ってきて。制服は注文してあるから、届くまでもう少し待っててね。」


「うん。ねぇ、名前さんも呪術師?」

「違うの。私は只の一般人。でも…ちょっと訳アリでこの高専で仕事して、」

「この匂い…女。お前、稀血だな?」

「!?」


悠仁くんの頬から、突然口が現れて喋り出す。
バチッと、まるで蚊でも叩くように悠仁くんが頬を叩いた。

「ごめん名前さん。気にしないで。」

「俺は運が良い。まさか稀血の女と出会うとは……!!」

「あっ!またっ!」


今度は反対の頬から口が現れた。
悠仁くんは人間だよね?ゲラゲラと邪悪に笑うコレは何?それに…私の血の事も知っている。

悠仁くんはまた頬を叩く。次は叩いた手に口が現れた。まるで鼬ごっこだ。


「永らく生きたこの俺でさえ、口に出来たのは片手程…その華ような香り、蜜のような味。一度口にすれば、呪いのように身体が求めて止まない…。
女、俺の妃となれ。お前の血、最後の一滴まで俺が味わってや、」


────バチンッ!!!


「悪ぃ名前さん。俺もちょっとワケありなんだわ。」


今まで一番大きな音を立てて、悠仁くんが自分の手を叩いた。
そんなに強く叩いたら絶対に痛いはず。心配になって手を伸ばそうとすれば、身体が後ろに引っ張られた。


「へぇ。名前は宿儺にも求められるのか。ほーんと、困ったねぇ。」

「五条。」


クツクツと笑う声に振り向けば、私の後ろには五条がいた。庇うように背中から抱き込まれて動けない。


「スクナって何?さっきの口、どうして私の血の事…。」

「まっ、それは帰ったら話すよ。
悠仁も、さっき宿儺が言ってた名前の血について気になってるでしょ?後で教えてあげる。」

「それはそうだけどさぁ…それを俺が聞いて、名前さんが悲しい思いしない?」


悠仁くんはこちらを心配そうに見ている。

…なんて優しい子なんだろうと思った。

悠仁くんだって、身体に突然口が現れるなんて特殊な状態だ。きっと大変だったに違いない。
苦しい思いも、悲しい思いもして来たかもしれない。
それなのにこの子は、自分の心配よりも私の心配をしている。


「ありがとう。私は大丈夫。自分でも良くわかってない事だから…五条から聞いて貰った方が良いと思う。私も、悠仁くんのお話聞いても大丈夫?」

「俺もヘーキ!」


悠仁くんが笑ってくれたので、私も笑顔を返した。


「名前、もう帰る?」

「うん。悠仁くんのサインも貰ったし。伊地知さんに届けたら帰るよ。」

「僕も帰るから待ってて。迎え行く。」

「はーい。じゃあ恵くん、悠仁くん、また。」

二人に手を振って、その場から離れる。

私が少し歩いた所で、パンッと五条が手を合わす音が聞こえた。


「明日はお出かけだよ!」


そっか。明日は…もう一人の1年生が来る日だ。

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