高専の地下、壁一面に札の貼られた広い部屋。その中心に名前を座らせる。

キョロキョロと辺りを見回す彼女の膝の上には、あの手鏡が置いてある。


…そろそろ、かな。


3、2、1……、








「ククッ…良いねぇゾクゾクするよ。」


手鏡に籠っていた呪力がゼロになった瞬間、薄い刃物で背を撫でられるような戦慄。

名前の呪力が溢れて、噎せ返るような甘い香りが部屋に充満する。部屋全体に貼られた札がバタバタと靡いた。

生まれ持った稀血と、この呪力量。しかも本人自覚無し。おまけに戦闘力皆無。
このまま外でも歩かせたら…一瞬で跡形もなく呪霊に喰われるだろうね。
僕が呪霊なら間違いなく飛び付く。

きちんと訓練でもすれば、そこそこ良い呪術師になれそうだけど…そんな事は絶対にしてやんない。
名前は僕に守られていれば良い。今も、この先もずっと、弱いままで良い。


「ご…五条これ…私…、」


急な周りの変化に、名前の瞳が不安に揺れている。
それに大丈夫と言うように微笑んで、名前の前で跪く。


左手を取ろうか一瞬考えて…止めた。
今はまだ僕のモノじゃない。


右手を取って、用意していたソレをゆっくりと薬指へ嵌めた。
名前から流れ出ていた呪力が、少しずつ落ち着いて行く。


「……………指輪?」

「そう。この手鏡と同じ。これで名前の呪力を抑えられる。」


何の装飾もしていない銀の輪っか。
それが名前の白くて細い指の上でキラリと輝く。


「ま、完全に呪力を抑え込んじゃうと僕的に不都合があるから、その変は少し調整いれてるけどね。
それと、万が一名前に何かあった時は僕に分かるようになってる。」


あの手鏡のように、完全に呪力を抑え込んでその辺にいる一般人と変わらないようにする事も出来た。
でも、それをしてしまうと僕が領域展開をする事になった場合、名前の精神が暴走してしまう可能性がある。
名前が廃人になっても一生愛せる自信はあるけど、コロコロと変わる表情がごっそり抜け落ちてしまうのは惜しい。


「指輪ならずっとつけてられるし、落とす心配も無いでしょ。」

「…うん。ありがとう、五条。」


僕の呪力が込められてるから、僕の意思で外すか、外部から余程の力が加わらない限り指輪は外れない。

ネックレスでもピアスでも…本当は何だって良かった。指輪にしたのは、只の独占欲。


今はまだ、右手の薬指だけ。

でも、遠くない未来、必ず全部僕のモノにする。

名前の頭のてっぺんから脚の爪の先まで。
心も、身体も、全部。









不本意だけど…名前の事を伊地知に頼んで、自分は部屋の中へ残る。
名前が外へ出ていくと、別の部屋から様子を見ていたであろう学長達が入れ替わりで入ってきた。


「どーでした?名前の呪力は。」

「乙骨よりは劣るだろうが…凄まじいな。」

「確かにあれの状態なら、普通とは言えないな。」


あの時僕が見付けてしまった時点で、名前はもう"フツウノオンナノコ"には戻れない。


「悟、苗字の身辺警護の強化を。必要であれば私が上へ伝えておく。」

「僕一人で間に合ってまーす。」

「…そうか。」

夜蛾学長はそう言って、難しい顔をしながら部屋を出ていった。だだっ広い部屋に残ったのは僕と硝子だけ。


「なあ五条。」

「何?」

「昨日会ったばかりの名前に随分お熱なんだな。指輪なんか渡しちゃって。」

「あれ、イイでしょ?呪霊と男避けも兼ねてんの。」

「お前にしては余裕が無いな。」

「余裕が無い?まさか。確実に手に入れる確信があるからこそのマーキングだけど?」

「マーキング、ね。」


硝子は壁に背を預けながら、意地のわるそうな薄笑いを浮かべる。


「文句ある?やけに突っ掛かるじゃん。珍しい。」

「名前を可愛がりたいのは、お前だけじゃねーんだっつの。」


……………知るかそんなもん。






欲しい。欲しい。

君が欲しい。

君の、全部が欲しい。



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