「あと15分………」
緊張のせいで、手元の時計を何度も見てしまう。
駅前の待ち合わせ場所には30分前についた。
緊張を紛らわす為に駅前を少しフラフラしていたけど、やっぱり落ち着かなくて元いた場所まで戻ってきた。
服装よし。髪型よし。メイクもよし。
時計を見るのと同じように、もう何度目かわからない身だしなみチェック。
手鏡の中に映る自分と目が合う。大丈夫。変じゃない。
どうして私がこんなにも身だしなみを気にしているのか。だって今日は…
最近始めたマッチングアプリの、初めてのアポの日だから!
恋愛なんてずっとしてこなかった。必要ないと思っていた。現に必要だったことなんて1度もなかった。
だけど…突然寂しくなったのだ。
物心ついたときには両親はもういなかった。
海外で亡くなったと聞かされていたが、私を娘のように可愛がっていた祖母がいたから寂しくなかった。
でも、そんな祖母が先日亡くなってしまった。
毎日一緒にいた温もりが突然無くなった。
それをふとした瞬間に実感してしまった私は、ひとりが急に怖くなった。
祖母がそうだったように、私もいつか寿命は来る。その時にひとりで死にたくない。寂しく人生を終えるなんて嫌だ。
だから始めてみた。今流行りのマッチングアプリ。
何人かの男の人とメッセージをやりとりして、やっと会う事になった。それが今日。
「……あと10分。」
少し早く来るだろうか?それとも遅れて来るだろうか?
上手く話せると良いな。楽しいと良いな。
素敵な恋が、出来たら良いな。
新しい事が始まる時には、胸がドキドキする。
ドンッ
「…………っ…!」
そんなことを考えていたら、横から歩いて来た人にぶつかった。
ぶつかった拍子に、カシャンと音を立ててバッグのポケットに入れた手鏡が落ちた。
小さい頃に祖母に貰った、大事な大事な手鏡。
学校にいる時も、外へ遊びに行く時も、どんな時も絶対に手放さないようにと言われていた手鏡。
拾おうと手を伸ばせば、落ちた手鏡の周りがキラキラと輝いている。
「え、嘘!もしかして割れ、」
割れちゃったの?
言おうとしていた言葉は、最後まで私の口から出なかった。
衝撃の後に、突然身体が後ろに引っ張られる。違う。後ろに吹き飛んでいる。
それも、凄いスピードで。
私の後方は確か…駅ビルのガラス張りのオシャレで大きなドアだったはず。
─────ああ、私死ぬのか。
そう思って、これから来る衝撃に恐怖しながら目を瞑る。
次の瞬間、辺りに轟音が響いた。
「やれやれ。随分派手にやるなぁ。」
え………?
ガラスの砕ける音と、建物が崩れる音。
確かに死を覚悟して目を閉じた。それなのに、思っていたよりも軽い衝撃と背中に感じた温かさ。
恐る恐る目を開けて見れば、男の人が私を覗き込んでいた。
「大丈夫?」
目隠しをした白髪のその人は、私の顔の前でヒラヒラと片手を振る。
もう片方の手は私のお腹辺りに回っていて、後ろから抱き締められているのに気づいた。
その人から少し視線をずらすと、辺りは真っ暗。
私の後ろにはぽっかりと大きな穴が空いている。
日常から、非日常へ突然放り込まれてしまった。
さっきから痛いくらいに心臓がドクドクと鳴っている。
手鏡を落として、それを拾おうとしたら突然後ろに吹き飛ばされて、目を開けたら知らない人がいて…
「あーあ。髪の毛に破片飛んじゃってるじゃん。」
私の前でヒラヒラと振っていた手を、今度は私の頭へ移動させた。その人が私の髪を鋤くととパラパラと何かの破片が落ちてくる。
「…っあ、の、…」
あなたは誰?何が起てきてるの?
聞きたいのに、口の中がカラカラで上手く声が出せない。
「……僕さ、今からアレの始末しなきゃいけないんだよね。だから君は少しの間ここにいてくれる?」
「ひっ…!」
細長くて綺麗な指が前方を指す。この男が言うアレが気になり、つられて前を向けば見たことも無い異形の物。
人間のような形をしているが、顔?頭?には目が沢山あって、細長い手足がおかしな方向へぐにゃぐにゃと動いている。
ソレは何か話しているようだが、この距離では聞こえなかった。
恐怖に震えている私の横で、「ちゃーんと見えてんのね凄い凄い」なんて呑気に男が笑う。
「な…何…あれ、バ…バケモノ…」
「そうそう。そのバケモノを始末してくるよ。」
私から身体を離して立ち上がろうとする男の袖をとっさに掴む。
待って、置いていかないで。怖い。こわい。コワイ。
カタカタと震える私の手を男が撫でる。
「大丈夫。すぐ戻るよ。僕、最強だから。」
本当に最強な人は、自分で最強なんて言うのだろうか。
ぼんやりと考えながら、異形へ向かって歩き出すその男の後ろ姿を見ていた。