私の部屋から運んで来た荷物は、クローゼットと貴重品が入ってた鍵付きのキャスターしか無かった。

テレビは?ベットは?って聞いたら、「こっちにあるから必要ないと思って」と、ケロりとした顔で五条に言われた。その時からちょっと怪しいとは思ってた。



それで今、この状況。



「ホラ名前、早く早く。」


横になった五条がベッドをポンポンと叩く。


「……最高の寝床って?」

「勿論僕の腕の中。」

「…………私、」

「ソファーに寝たら、お姫様抱っこしてココまで連れ戻すよ。」

「じゃあ、」

「床で寝るって言っても同じだよ?」

「………………。」

「え〜!?何??もしかして僕のこと意識してくれてるの?え??名前が!僕を!意識!してるの!?
あーそっかそっかそれなら僕と一緒に寝れないのも仕方ないねー!だって僕を、意識!してるんだもんねー!」

「っ、意識なんかしてない!!五条と一緒のベッドで寝る位私だって出来、…る、…………」


しまった、気づいた時にはもう遅かった。ニヤニヤした顔で五条がこっちを見ている。


「………五条って、性格悪いって言われない?」

「1度も言われたこと無いなぁ。」

「ぜっっっっったい嘘!!!!」


てへぺろ☆
舌をちょっと出して五条が戯けた。
………それって死語じゃないの。本当に使ってる人、初めて見た。


「あーもう!じゃあ寝るからもっと奥詰めて!」

「僕此処から動けない病で…」


今度は胸を抑えて苦しそうな振りをする。
もう良い。付き合ってられない。五条なんて無視して寝る。

ベッドに入って、五条とは逆の方へ向く。せめてもの抵抗だった。


「こっち向いて寝てくれないの?」

「向かない。五条こそサングラス掛けたまま寝るの?」

「コレは電気消したら取るからいーの。あ!名前も電気消したらこっち向い、」

「絶対嫌。」

「腕枕のご希望は?」

「結構です。触ったら殴るから。」

「つれないなぁ。」

不満そうな五条を無視して頭から布団を被る。
五条の視線を感じたけど、少しの沈黙の後に部屋の電気が消された。
小さくカチャリと音がしたので、サングラスも外したみたいだった。










五条が部屋の電気を消してから数分。
さっきは眠かったのに…いざベッドに入ったら眠れなくなってしまった。
目を瞑って眠気がやって来るのを待っていると、五条が声を掛けて来た。


「名前、もう寝た?」

「………起きてる。」

「少し話さない?」

「…良いよ。何を話すの?」

「そうだなぁ…名前を育ててくれたお祖母さんって、どんな人だった?」

「お婆ちゃん?えっと…」


いつも穏やかに笑って、優しくて。
まるで…陽だまりみたいな人だった。

曲がった事は大嫌い。いつも真っ直ぐで頑固な人。普段優しい分、たまに怒ると凄く怖い。

ちょっと体温が高いお婆ちゃんの手に触れられるのが大好きだった。お婆ちゃんと並んで歩くのが好きだった。柔らかい声で名前を呼ばれるのが好きだった。

嬉しいときも、辛いときも、悲しいときも、寂しいときも、疲れたときも…お婆ちゃんがずっと傍にいて、私の手を繋いでいてくれた。

大好きな、私のお婆ちゃん。


「名前のその頑固なところ、お祖母さん譲りなんだね。」

「私のお母さんも頑固だったらしいから…どっちだろう。」

「手の体温が高い所も似てる。」

「あ、そうかも。」


お婆ちゃんと繋いだ手の温もりを思い出して、ちょっと切なくなった。


「お婆ちゃん、若い頃は巫女さんしてたんだって。…お婆ちゃんも呪術師、だったのかな…。」


1度だけ、聞いたことがある。
お婆ちゃんが若い頃に巫女さんをしていた事。
小さな神社で、参拝客はそれ程多くなかったけど、そこでの穏やかな日々は宝物だって。
でもお爺ちゃんと出会って一目惚れをして、お爺ちゃんについて行く為に巫女さんを辞めたと話していた。


「呪術師だったかは不明だけど、間違いなくこっち側の人間だろうね。そうじゃなきゃあんなコト出来ない。」

「…あの手鏡が私を守ってくれてたんだよね?」

「うん。あの鏡に呪いをかけて、名前の呪力と血の匂いが外へ出ないように抑えてた。」

「そう、なんだ…。それなのに私、あの手鏡落として割っちゃって…。」

「形あるモノはいつか壊れるデショ。あの手鏡に入ってる呪力が完全に無くなる前に、僕が別の物を用意するよ。」


だから大丈夫、五条が言う。


「じゃあ…入ってた呪力が完全に無くなったら、あの手鏡はどうなるの?消えちゃったりしない?」


肌身離さず、ずっと持っていた手鏡。
お婆ちゃんの形見でもある大事なもの。もし消えてしまったら…考えただけで悲しくなる。


「消えないよ。普通の手鏡に戻るだけ。」


良かった。お婆ちゃんの手鏡、また持っていられる。割れた鏡の面は修理に出して、元通りにして貰おう。

安心したら急に睡魔が襲ってきた。
強烈な眠気が目蓋にのしかかる。それに逆らうこと無く目を閉じた。












「…名前、名前?…寝たの?」


急に静かになった彼女に声を掛けた。返事の代わりに、すーすーと寝息が聞こえる。

彼女の方へ少し身体を寄せて、シーツに散らばる髪へ手を伸ばす。

指通りの良い髪を鼻先まで持ち上げれば、自分と同じシャンプーの香りがする。


「……んん……。」


手からスルリと髪が離れる。
コロン、と寝返りを打った名前がこちらを向いた。

思わず忍び笑いを漏らす。さっきまでこちらを向く事を頑なに拒否していたのに。


あどけない寝顔、髪の毛から香る自分と同じシャンプーの香り、サイズの大きいスウエットから覗く白い胸元。

欲情をそそる名前の姿に、自分の内側が波立つのを感じた。


「まだ初日だからね。これで我慢してあげる。」


名前の唇に、冗談のような軽いキスをする。

キスをした後に少し身動ぎしたが、ぐっすり眠っているのか起きる気配は無い。



「おやすみ。」



「朝起きた時に騒がれそうだな」、そんな事を思いながら彼女の頭を抱き込んで目を閉じた。

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