「落ち着いた?」
五条にそう聞かれて、頷く。
さんざん喚いてようやく泣き止んだから、目も鼻も、きっと酷い事になっている。
バッグに入っている手鏡を取り出そうとして…やめた。手鏡、割れちゃってるし。
代わりにハンカチを取り出して、涙と鼻水を拭いた。…目がヒリヒリする。喉も痛い。
ハンカチを戻そうとして、ふと目についた五条の服。
黒が更にに深い黒になっている場所は…私の涙の跡だ。
あの後、不覚にも自分から五条に抱き付いて泣いてしまった。
正直、穴があったら今すぐ入りたい。
「…五条…その、…服…ごめんなさい。」
「ん?別に良いよ。あーあ。目も鼻も真っ赤じゃん。」
よしよし。頭を撫でられて、また涙が上がって来るのを堪える。
大きく深呼吸をしてから、五条に向き合った。今度こそきちんと話をしなければならない。
「私、これからどうすれば良い?」
「それは…僕と一緒にいてくれる気になった、ってことでいいのかな?」
「…うん。」
強引で、話は聞いてくれないし、うざったい位にスキンシップは激しいし、目隠しは取らないし…まだ疑ってる部分もある。
でも、私の全部を守るって言ってくれた。その言葉を信じたい。
「痛いのは嫌だけど…血が必要なら、いくらでも取ってくれて良い。逃げないって約束するから、たまに此処から外へ出して欲しい。」
「ちょっと待って。名前、本当に此処で監禁されると思ってる?」
「違うの?」
逃げようとする私を閉じ込める為に此処へ連れてきたんでしょう?五条に強く引っ張られていた腕には、まだ痛みが残っている。
「ココへ連れてきたのは、名前と落ち着いて話す為。
こんな場所に名前の事置いて行くわけ無いじゃん。」
「じゃあ、家に帰って良いの!?」
「残念だけど、それはNOだ。
稀血の事がある以上、名前を元の場所には戻せない。」
「そんな…、」
「名前の住む場所は別に用意してあるから大丈夫だよ。今荷物も運んでるし。」
「…は!?
ちょっと待って五条!どう言うこと!?」
五条の胸倉を掴んで揺する。荷物を運んでるって…私の部屋からって事!?
「はいはい落ち着いてー。名前ちゃんの言質も取れた事だし、その辺含めてキチンと説明するよ。
此処へ来る前に僕と学長が話してた事、覚えてる?」
「うっすらとは…」
夜蛾さんと五条が話していたのを思い出す。
確かあの時、監禁拘束と、私の身体と精神がどうのこうのって言ってたような…
「あれ、もう忘れて良いよ。
”僕が”上の腐ったミカン共と改めて名前について話つけてきたから。」
「話つけてきたって…。その上って言うのは、夜蛾さんよりも偉い人達なんでしょ?」
「そうだけど、全員黙らせて、ちゃーんと了承取って来たからダイジョーブ。」
びしっとポーズをつけながら五条は言ってるけど…本当に大丈夫なのかな。ノリが軽すぎて不安になる。
「で、改めて名前の処遇についてなんだけど…」
1、苗字名前を呪術高専の保護観察下に置くこと
2、監視及び護衛に特級呪術師を1名つけること
3、苗字名前を呪術高専の職員として籍を置くこと
4、定期的な身体検査を行うこと
但し検査担当医は家入硝子に限ること
5、検体としての血液提供
但し採取するの際の血液量は苗字名前が決めること
6、外部への情報提供は一切禁止すること
指で数えながら五条がペラペラと話していく。
突っ込みどころが多すぎて、何処から聞いて行くべきか…悩みすぎて頭が痛くなりそう。
「本当は名前の血の一滴だってあげたくなかったんだけど…これだけはどうしても上が折れなかった。ごめん。」
「ううん。別に良いの。だって五条が話をつけてくれて、上の人達が最大限に譲歩をした結果でしょ?だから大丈夫。」
元々、逃げないと決めた時点で私の血の提供は当たり前にある事だと思っていたし。
それよりも…
「あの、五条。」
「ん?」
「私、聞きたいことがすごく沢山あるの。
さっき五条が言ってた、住む場所を他に用意してあるとか私の籍を呪術高専に置くとか…」
五条は荷物を運んでるって言ってた。もしかして、私の知らない所で既に色々動いてる…?
確認しようにも、スマホが無いからお手上げだ。
「名前ちゃんのその疑問、この五条先生がスパッと解決してあげよう。
まあ簡潔に言うと、名前は今日から監視兼護衛役の特級呪術師と一緒に暮らすことになりましたー!そして明日からこの呪術高専の事務員として働く事になりまーす!」
………………………はい!?
「今行ってる会社は!?」
「退職届提出済。」
「今住んでる部屋は!?」
「大家さんに言って今日付けで解約済。荷物運び出してるところ。
今月の家賃日割りして残った分返金してくれるらしいよ。大家さん優しいね。」
「呪術高専で事務員って!?」
「非戦闘員。事務仕事メイン。ある程度パソコン使えれば大丈夫。」
「……………………。」
想像以上に進んでいて絶句した。
色々と対応が早すぎて、文句を言う気にもなれない。
部屋の事は仕方無いとして…会社の方は大丈夫だったのかな…。
残してある仕事は無いけど、引継ぎとか全くしてないし…。
「あと聞きたい事は?」
「…私、その特級呪術師って人と一緒に住むの…?」
「そう。荷物もそこに移動中。貴重品ってドコにしまってる?」
「ベットサイドにある、鍵付きのキャスターの中。鍵は私が持ち歩いてる。」
「わかった。それも運ばせる。冷蔵庫とか洗濯機とか、持って行けないのは処分するからヨロシク。」
「ドラム式の洗濯機、この間買ったばっかりなのに…!!!」
ちょっと良い洗濯機が欲しくて、ドラム式の最新の物を買った。
洗濯も乾燥も早くて、凄く気に入ってたのに…。
「二台もいらないでしょ。諦めて。」
「……うぅ、……その、特級呪術師ってどんな人?」
「呪術師の等級は、上から1級、準1級、2級、準2級、3級、4級ってあるの。
特級は1級の更に上。すごーく強いって事。」
「すごーく強い…。」
強いと聞いて、頭の中に夜蛾学長が浮かんだ。
その特級呪術師って人も、きっと夜蛾さんみたいに貫禄のある人なんだろうな。
「五条は会ったことある?怖い?」
怖い人だったらどうしよう…コミュニケーションとか、ちゃんととれるだろうか。
「怖くないよ。呪術師界最強でイケメン。」
呪術師界最強でイケメンの、夜蛾さんみたいに貫禄ある人…ダメだ、全然想像つかない。
けど、そんな凄い人と私は住む事になるのか…少し緊張する。
とにかく!突然置いて貰うことになったんだもん。失礼な事だけはしないよう気を付けなきゃ!
「他には?」
「…とりあえず大丈夫。」
気持ちは全然大丈夫じゃないけど。私が何を言っても、事はもうとっくに進んでる。
それなら諦めた方がきっと気持ちは楽だ。
「じゃあ一通り説明したし、名前の新居に行こっか。」
肩に両手を置かれれば、ぐんっと、引っ張られる感覚。
ああ、またこれか……。
ゆっくりと、目蓋を閉じた。