「離してよ!!私、帰りたいの!!!」
「………………。」
「ちょっと聞いてんの!?黙ってないで何か言いなさいよ!!!」
「……………。」
私の腕を引いて学長室を出た五条は、無言のまま何処かに向かって歩いている。
歩くスピードが早くて、足が縺れて転びそうだ。
いっそ転んでしまった方が、この拘束から逃れられるかもしれない。
階段を下へ下へと降りて、漸くした所で五条の足が止まる。
連れて来られたのは、薄暗い部屋だった。
五条はまだ、何も言わない。
沈黙のまま、そこに突っ立って長い時間が過ぎる。実際はほんの数十秒だったのかもしれないけれど、重い空気のせいでとても長く感じた。
重い空気に耐えきれず、沈黙を破ったのは私の方だった。
「……いい加減にしてくれない?私をここに監禁するの?私の稀血とやらで、人体実験でもするつもり?それとも私はあの化け物の餌になるの?
そんなに私の血が欲しいならくれてやるわよ!その代わり……さっさと私を殺してよっ!!」
頭の中がぐちゃぐちゃで、自分が何も知らなかった事が悔しくて、悲しくて、掴まれた腕が痛くて。泣きたくないのに、涙が溢れてきて。
「も、やだぁ…」
「名前。聞いて。」
黙っていた五条が、やっとこちらを向く。
痛い程に掴まれていた腕の拘束が解かれたと思ったら、今度は五条に抱き締められた。
逃げたくて、体を突っぱねて、五条の胸を馬鹿みたいに一生懸命押す。
五条は、そんな私を更に強く抱き締める。
「殺して……お願い。もう…殺してよ、……お願い……お願いします…っ…」
こんな世界になんて、もういたくない。
「…名前は殺さないよ。僕が殺させない。」
「……、ぅうー……っ…!」
抱き締められながら、小さな子供をあやすように頭を撫でられる。
優しい声色にまた涙が込み上げてきて、しゃくり上げながらまた泣いて。
「少し、僕の話を聞いて欲しい。名前にとって、とても大事なこと。」
その言葉にゆるゆると顔をあげて、五条の顔を見る。
「学長から、名前の血の話は聞いたと思う。学長が言ってたように、名前の血は呪術師界にとって、希望にも脅威にもなるものなんだ。」
呪術師界にとっての、希望と脅威
夜蛾さんに言われた言葉を、同じように五条が言う。
結局、五条も同じ。私をここに監禁して、実験台にでもするつもりなんだ。だからこの、地下室みたいな場所に連れてきたんでしょ?
「でも、ぶっちゃけ僕にとってそんな事どーでも良い。」
「……え…?」
「…心配なんだ。」
「…しんぱい…?」
「そう。名前の事が、心配なの。」
頭を撫でていた手が、ゆっくりと頬に移動する。
私の頬を包む五条の手の温かさに、胸が苦しくなって視界が揺らぐ。
「…今までは普通に暮らせていたかもしれない。
でも、名前はその血を持って生まれてきた。その血を持っている以上、これから先、ずっと安全だとは限らない。
今日だって、あの呪霊は名前の血に惹かれて襲って来た。きっとまた同じように、その血を狙った呪霊が襲って来る。」
呪霊が狙ったのが、偶々あの場にいた私だった。
呪霊に襲われたのは、私の運が悪かっただけ。
そう思っていた。でも違った。
呪霊は"この血を持っている私"を、狙って来たんだ。
五条に向かって、「私を殺して」なんて叫んでいたのに。
私を襲ってくる呪霊に、いつか本当に殺されるかもしれないと思ったら、急に死が怖くなった。
恐怖で身体が震える。私はこの先、どうやって生きていけば良いんだろう。
コツンと、五条が私と額を合わせる。
「だから…僕に名前を守らせて。」
「…守…る…?」
「そう。僕が守るよ。
名前の心も、身体も、全部僕が守る。」
───だから、僕と一緒にいて欲しい。
まるでプロポーズみたいだった。
肯定も、否定も出来ずに、顔を覆ってわあわあと泣く。
お願いだから、こんなめんどくさい女ほっといて。もうあっちへ行って。こんな惨めな姿、いつまでも見ていないで。
五条は溜息をついて、私の背中をぽんぽんと撫でながら「ごめん、僕が名前を見つけたせいだね」と呟いた。
「わ…私…は、ホントならっ…今日は…アプリで出会った人とデートで…っ」
「うん。」
「…呪霊とかっ…じゅ、呪術師とか…っ…全然知らなかったっ…筈で…!」
「うん。」
「っ…五条が…私を、…助けた…っから…!」
「うん。」
「わたし…の日常…は、…普通じゃ…無くなっちゃって…!」
「うん。」
「全部っ、全部、五条のせい…!!」
「…うん。全部僕のせい。それで良いよ。」
「五条の…っ…馬鹿ぁ…」
分かってる、八つ当たりだって。五条は私を助けてくれた、命の恩人なのに。
でも、涙は全然止まってくれなくて、よく分からないままに泣く。もう、どうしたらいいのか分からなかった。
「ごめん。でも…、」
もう、離せないんだ。