「で?名前の家まで勝手に決めたらしいけど何処にしたんだ?高専から近いのか?」
「僕の家。」
「なんて?」
学長室から出て、硝子と二人で並んで歩く。
僕の答えを聞いて硝子が立ち止まってしまったので、仕方なく僕も足を止めた。
顔だけ振り向いて「僕の家。」ともう一度言う。
「お前…あんま名前の事いじめんなよ。」
「えー?好きな子ほどいじめたくなるって言うじゃん。」
「…………マジ?」
表情の変化に乏しい彼女が、目を丸くしてこちらを見ている。
2級レベルの任務に行ったのに、突然1級が出てきちゃった時みたいな顔してんなコイツ。
「マジ。たぶん一目惚れってやつ。」
「お前も人の子だったんだな。」
「硝子。後でマジビンタ。」
「ふーん。名前みたいなのが好きなのか。」
「そう。どタイプ。」
先程までの驚いた顔から、ニヤニヤした顔へ変わる。
立ち止まっていた硝子が再び歩き出したので、僕も足を進める。
『脳は0.1秒で恋をする』
どこかの脳科学者がそんな事を言っていた。
脳の働きによって、意識に上る前の無意識の段階で、「これは好き」「これは嫌い」と瞬間的に判断するらしい。
顔を覗き込んで、目が合った瞬間、僕は名前に落ちていたと思う。
この子が欲しい、そう思った。
あの場に僕が居たのは偶然だけど…彼女が放つあの甘い香りを、無意識に求めたのかもしれない。あの呪霊みたいに。
「まぁ確かに可愛いし、人懐っこいし、見た感じ強がりっぽいし、庇護欲唆るわな。
でもあんまりいじめると本気で嫌われんぞ。」
「わかってないなぁ。名前みたいなタイプは本気で人を嫌うなんて出来ないよ。」
今日一緒に過ごして視えてきた、彼女の事。
人から嫌われ続けた名前は、自分を傷つけるものに敏感で、警戒心が強い。
僕の事だって、今も手放しでは信じてない。
でもそれは、きっと何処かで期待をしているから。
心優しい彼女の事だ。彼女を嫌っていた奴らの事も、何だかんだ一度は信じたのだろう。
期待して、裏切られて。彼女はそれを繰り返してきた。それでも…人と同じことが出来なかったのは自分だからと、彼女は言った。
「今は逆毛を立てた猫みたいだけど、ドロドロに甘やかして手懐けて…一生僕無しじゃ生きていけないようにしたいって思ってるよ。」
「やっぱイカれてんな。名前が可哀想だ。」
「えー。こう言うイカれてんのこそ、真実の愛って感じがしない?」
「しねぇよ。」
大丈夫。僕は怖くない、名前を傷つけない。何があっても、僕が傍にいる。
ゆっくり時間を掛けて、名前に信じて貰えば良い。
出会ってまだ一日だ。これからいくらでも時間はある。
少々強引に住む場所を決めてしまったが、テキトーな理由をつけて納得させれば良い。
「じゃ、僕は名前を迎えに行くから。僕が恋しくて泣いてるかもしれない。」
「んな訳ねーだろ。…名前にヨロシクな。連絡待ってるからって伝えてくれ。」
「わかった。伝えとく。」
保健室へ向かう硝子と別れると、自然と足早になる。
恋しくて泣きそうなのは、僕の方だ。