────赤い雫が、ポタリと落ちる


床に横たわっていた呪霊の身体が、ボコボコと音を立てながら形を変えていく。
小さな姿は急速に巨大化し、ついには天井に届きそうな背丈にまでなった。


「3級レベルの瀕死の呪霊に名前の血を1滴垂らしたら…大きさも形状も、その強さもたちまち1級レベルに変貌。
呪霊を捕獲する際につけた傷も、この過程で全て治癒されています。」


録画していた映像を見ながら硝子が説明すると、夜蛾学長は眉間に皺を寄せた。
1滴。たった1滴の名前の血は、3級レベルをここまで強くしてしまう。
勿論、この呪霊は実験後に僕が祓った。


「名前が襲った呪霊が言ってたんだよね。『甘い』『稀血』『食べたい』って。
僕、家にあった禁書を片っ端から読んだことがあってさ。それに書いてあったんだよね。稀血の一族の事。」


名前を襲った呪霊は、涎をボタボタと垂らしながら確かに言っていた。


「稀血…聞いたことがある。その血は華のように香しく、蜜のように甘い。
喰えば膨大な呪力が得られる稀血の人間は、呪霊にとって喉から手が出る程に欲しい物だと言う。」


夜蛾学長の言葉で、カフェで真っ赤な顔をした名前を思い出して少しニヤケた。
こんなに甘い香りがするのだ。身体も甘いのだろうかと、思わずペロリと舐めてしまった。


「そんな稀少な血を売って、政治や呪術師界隈を裏から支配していたとされるのが稀血の一族ってわけ。」


暇潰し程度に読んだ禁書。実際に目にするまでは、御伽噺のレベルだ、そう思っていたのに。



「だが…それは遥か昔の話。その一族は人間によって滅んだとされている筈だぞ。」

「滅んだ?」


夜峨学長と僕の会話に、今まで黙って稀血の説明を聞いていた硝子が口を挟んだ。


「喰われたんだよね。呪霊じゃなくて人間に。
ほら、三蔵法師とか人魚の血肉を喰えば不老不死になれるって言うし。」


僕が言えば、硝子はうげーっと短く声を上げる。


「成る程ね。真偽は定かじゃないけど、不老不死になれると思った奴らに喰われて滅んだのか。」

「人間喰って不老不死になれる訳無いじゃん。頭の狂った大昔の考えだよ。」


一体、昔の人間は何処をどうして人間を喰えば不老不死になれるなんて考えたんだろうか。全く阿保らしい。


「で?とっくに滅んだその稀血が何でいるわけ?」

「さあね。大方、滅んだと見せ掛けて生き残りがいたんでしょ。それが今に繋がって、名前が此処にいる。
名前の祖母はそれがわかっていて、自分の呪力を込めたあの手鏡を渡した。名前の呪力を抑え込む制御装置みたいな役割にして。
それが無いと名前の呪力が溢れて、血の香りが呪霊を誘う。こんな感じだろうね。」

「ふーん。でもその鏡、割れてるんだろ?」

「うん。鏡が割れたからあの時名前は襲われた。今も割れ目から籠ってた呪力が流れ出ちゃってるし、そのうち只の手鏡になる。」

「どうするんだ?その祖母はもう死んでるんだろ?」

「視た感じでそれとなく構造はわかったから、あとは僕が何とかするよ。」


鏡で無くとも、同じような呪力を構築して何かに流し込めば良い。僕ならその程度は朝飯前だ。


「僕が気になってるのはそんな事よりも…」


黙ったままの夜蛾学長に視線を送る。眉間の皺が先ほどよりも増えていた。


「…苗字名前の処遇か。いつかの乙骨のような秘匿死刑は無いだろうな。
呪霊を誘き寄せる血だ。上の連中からしても、喉から手が出る程欲しいだろう。」


昔、名前の先祖がそうしていたように、使い方次第では莫大な金にもなる物だ。上の連中が欲しがらない訳がない。


「でも、その血が呪霊を誘うなら普通に生活させるのは危険じゃないのか?今まで運良く血を流さなかっただけで、今後はわからない。
名前の安全を考えれば高専で保護するのが一番だと思うけど。」

「僕もそう思うよ。此処で名前を守るのが一番良い。
遅かれ早かれ、稀血の事は上にバレる。
でも…腐ったミカン共に名前は絶対利用させない。僕がさせない。」


名前の事は、必ず僕が守る。だから近くにいて欲しい。


「…わかった。苗字名前の席を高専へ置けるよう、上への報告は私がする。万年人手不足だ。事務にでも席を置けば伊地知辺りが喜ぶだろう。
事が早く進むよう、稀血の件も報告させて貰うからな。
上の決定に不満があるようなら…悟、あとはお前が出ろ。」

「流石学長。話がわかる。」

「お前の事だ。どうせもう手は回してあるんだろう。」

「勿論。名前の会社には伊地知に退職願送って貰ったし、住んでた部屋は解約して、他に住む場所も用意してまーす。」


なんならもう荷物も運び出すように連絡もしてある。流石に貴重品の場所はわからないから、あとで名前に聞くしかないけど。


「は!?住むとこまで!?それ名前に言ってあるのか!?」

「言うわけ無いじゃん。拒否られんの目に見えてるし。」

「五条お前マジで頭イカれてんな。」

「硝子に言われたくないヨ。」



呪術師なんて、頭のイカれてる奴らが殆どだ。


「………そう言う事なら、尚更早い方が良いな。悟、硝子。下がって良いぞ。俺はこれから上に話をつけに行く。」

「はい。」

「ほーい。」

「悟、結果が出たらすぐ連絡する。その時は苗字名前も一緒に連れてくるように。」


そう言って夜蛾学長は部屋を出て行った。

さて、話も終わった事だし…僕もお姫様を迎えに行こうかな。

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