ヤマルリソウ






あの日、安室さんに抱き締められながら泣いて、そのまま爆睡してしまった私。
起きたら目の前に綺麗な顔があって…正直心臓が止まってしまうかと思った。


少し遅いお昼ご飯は、可愛くて甘くて最高に美味しいイチゴのパンケーキだった。
安室さんは元の世界に戻る方法を探さなきゃいけないはずなのに…1日中、私の傍にいてくれた。


その日からドキドキして恥ずかしくて、暫くは安室さんの顔がまともに見れなかったんだけど…なんとか落ち着いた。


私は安室さんより年下だし、妹に接するみたいな感じなんだと思う。たぶん。


思い出しながらうんうんと1人で頷き、手に持った封筒へ目を向ける。

部長との面談で渡された封筒。
中身は1年に数回の楽しみ、ボーナスの明細だ。

面談があるのはちょっと面倒だけど、ボーナスを貰うためには仕方ない事だし我慢している。

毎日お仕事頑張ったから、上司からの評価が高くて前年よりもかなり多めに頂いた。

ちょっと遠出して、明日はおもっいっきり買い物しちゃお!










次の日、私は安室さんを誘って買い物に出掛けた。

無事にボーナスが入ったので、日頃の自分へのご褒美を買う事に決めたからだ。
それと、いつも掃除と家事をやってくれている安室さんへ御礼をする為。何か美味しいものもでも食べたいな。


「…御礼をしなければ行けないのは僕であって、名前さんじゃ…。」


そう渋る安室さんに、「私がしたいから良いんです!」と無理矢理連れてきた。



今日の安室さんは、黒のポロシャツに細身のカーキパンツ。

私は袖がオーガンジーになっている半袖ブラウスと、薄いパープルのロングプリーツスカートだ。


スカートのプリーツを揺らしながら安室さんと一緒に歩く。

駅から続く長い参道には、気軽に入れる若者向けのお店から、ハイブランドにお洒落なカフェまで…沢山のショッピングスポットが並んでいる。
ゆったり歩きながらウインドウショッピングをしているだけでも楽しい。

でも今日の私は絶賛お買い物モード。ウインドウショッピングだけじゃ満足出来ない。
さて、何買おっかな!












「…名前さん。」


「なんでしょう安室さん。」



ネイビードットのシャツを持ちながら、ニコニコする私。


はぁー…と、長くため息をする安室さん。


「さっきから、僕の服ばかり買っていませんか…。」


「え、そんな事ないですよ!さっきスカート買いましたし。安室さんの気のせいです。」


このシャツに白のパンツ合わせたら爽やかで良いかも!

あ、あっちのポロシャツも可愛いから買おう!

うわぁ!あのキャンバスシューズも良い!


「待って。」


マネキンの下に置いてあったキャンバスシューズに駆け寄ろうとした私を安室さんが引き止める。


「気のせいじゃありません。この店で4軒目だし、いくらなんでも買いすぎです。その手に持ってるの置いてください。」


私の肩には、ショップバッグが1つ。
安室さんの肩には、ショップバッグが3つ掛かっている。


「だって…安室さんどんな服でも似合うから選ぶの楽しくて。…ボーナス入ったしちょっとくらい良いじゃないですか!」


「僕の服ばかりじゃなくて、自分に使って下さい。」


私が持っていた洋服を全て取り上げて、元の売り場へ戻そうとする安室さん。


待ってどっちも絶対欲しい…!!!


「安室さん待っ………………………なんでも無いです。」


ジロリと睨まれてしまったら何も言えない。


戻ってきた安室さんにそのまま腕を引かれ、お店の外に出されてしまった。


……良いもん。あとでネット通販で買うもん。


「せっかく名前さんが頑張って働いて貰ったボーナスでしょう?僕の為に使ったら意味ないじゃないですか。」


「私が買いたいものだから良いんですぅ。」


「………困った人ですね…。」



つーんとそっぽを向けば安室さんがまた溜め息。
そんな溜め息ばっかりついて、幸せ逃げても知らないんだから。


「とにかく、僕の物を買うのはこれでお仕舞いにして下さい。」


「えー…。」


「ほら、次は名前さんの欲しい物を探しに行きましょう?自分へご褒美買うんだって昨日から楽しみにしてたじゃないですか。」


まだまだ安室さんのお洋服を選びたかったけど、自分へのご褒美を買うのも目的の1つだ。
楽しみにしてたのも嘘じゃない。

「次、向こうですよね。行きましょう。」と、歩きはじめた安室さんの背中を追いかける。

角を曲がれば、猫の名前がついた遊歩道に出た。

こっちもかなりの人出だ。




「名前さんは自分へのご褒美、何にするか決まってるんですか?」


「んー…具体的にはこれって決めてないんですけど、ちょっと良いアクセサリーにしようかなって思ってて。」


「そう言えば、1番最初に入った店で見てましたよね。アクセサリーとか小物類のコーナー。」


「そうなんです。でも…これ!って物が無くて。」




買い物は直感タイプの私。

アクセサリーも服も、自分が見てこれだと思った物を買っている。

その方が長く大事に使える気がするからだ。

さっきのスカートも、安室さんのお洋服も、全部これだ!って物があったのに…自分へのご褒美にするつもりのアクセサリーはまだ見つからない。


良いのないかなぁ…


道に並ぶ沢山のお店のショーウインドウをキョロキョロ見ると、ケースに2つ並んだレザーのブレスレットが目についた。





─────あ、あれだ。





「見つかりました?入りましょうか。」


立ち止まった私に、安室さんが笑いかける。


「入ります!」


返事をしてから建物へ足を進める。
冷房が聞いているのか店内はひんやりとしていて、壁は特徴的なブルー。

たしか、コマドリの卵の色、ロビンズエッグブルーを元にしていた気がする。

お店に入れば、すぐに店員さんが近寄って来た。


「何かお探しですか?」


「あの…外のショーウインドウにあったレザーのブレスレットが見たくて。」


「かしこまりました。少々お待ちください。」


店員さんは恭しく一礼をしてから奥へと歩いて行く。


「安室さん、少し時間かかると思うので…向こうで座って待っていてくれて大丈夫ですよ。」


「いえ、僕は平気ですよ。」


「結構歩いたし…せっかくだからちょっと休憩して下さい。ここの次もまだまだ買いますから!」


ぐっと握り拳を作りながら言えば、安室さんは別の店員さんに断りをいれてから「じゃあ、あっちに座ってますね」と店内にあるベンチソファーへ歩いて行った。


少ししてから、白い手袋をつけた店員さんがトレーにブレスレットを2つ乗せて戻ってきた。



「可愛い…。」


トレーに乗せられた、ダークブラウンとブラックの2つのブレスレット。

ダークブラウンの方にはゴールドのバックル。
ブラックの方にはシルバーのバックルがついている。


「試着なさいますか?」


「試着できるんですか?」


「ええ。是非つけてみて下さい。」


この2つなら絶対にダークブラウン1択よね。


「じゃあ…こっちの色を。」


店員さんが腕にブレスレットをつけてくれる。

少し細身で、精緻なデザイン。
このデザインなら洋服も選ばなそうだし、腕時計と一緒につけていても良さそう。



…決めた!自分へのご褒美はこれにする。




ちょっと値段は張るけど、これが良い。



「あの…これ、頂けますか?」



腕から外して貰ったブレスレットを指さして言うと、店員さんが困った顔をした。


「申し訳ありませんお客様。こちら、ペアでの販売となっておりまして…」



店員さんの言葉にがっくりと肩を落とす。


ペアかぁ…どっちもセットでしか買えないのね…。

どうしよう…セットで買っても良いけど、持ってる服の色的にブラックの方はあまり出番が無さそうだし…。


考えながらブラックのブレスレットを見つめていたら、急に安室さんの顔が浮かんだ。



安室さんの褐色の肌に、このブレスレット。



…………絶対、似合う。



でも、安室さんにこれをプレゼントしたら私とお揃いって事でしょ?

無理無理無理無理恥ずかしい!

それに安室さんとは付き合ってもないのに。私とお揃いとか絶対迷惑でしょ。

でも…これ、欲しいよなぁ。



うーん…と悩んでからくるりと振り返って、ソファーに座っている安室さんとブラックのブレスレットを交互に見比べる。



あの腕にこのブレスレット…やっぱり…似合う気しかない。



ダークブラウンのブレスレットをもう一度見る。
照明でバックルがキラリと光った。

買い物は直感派の私が、一目見てこれだと思ったブレスレット。


…………うん、決めた。


私はこっちのブレスレットが欲しいだけ。でもこれはセット売り。どうしたってブラックのブレスレットも一緒に買わなければいけない。

買って使わないで閉まっておくなら、誰かにつけて貰った方が良いに決まってる。

無理だって言われたら、あとで返して貰えば良いだけ。





「あの…これ、どっちも下さい。」



「ありがとうございます。お包みしますね。」




私が、どうしても欲しかっただけ。


…深い意味は、無い。


自分にもう一度そう言い聞かせて、2つ並んだブレスレットを見つめた。










アレコレ深く考えるのは

(深い意味はない深い意味はない)



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