タンジー






私は…お伽噺に出てくる、悪いやつに拐われて王子様を待っているだけのか弱いお姫様じゃない。

待ってるだけなんて、絶対に嫌。

私だって戦える。ちゃんと強い。

ほら、今だって…………











着信履歴に並ぶ名前。

1番上を押そうとしたら、画面が変わって着信中になった。

通話ボタンをタップすれば、焦った声が聞こえた。


『名前さん!?やっと繋がった…今どこにいるんですか!?』


「電話、出れなくてごめんなさい。今…その………警察署、です。」


くるりと、取調室1と書かれたプレートに目をやった。









「名前さん!」


「安室さん…呼び出してしまって、ごめんなさい。」


「…っ…そんなことより…電話で言ってたこと…!!」


廊下を走る音がして、角から安室さんの顔が見えた。

私の姿を見て、辛そうに顔を顰める。

走ってきてくれたのかな。
安室さんの額からは汗が流れている。

大丈夫ですの意味をこめて、ヘラリと笑う。



「今、全部の調書が終わったんです。
同居人がいるとお話ししたら、迎えに来て貰った方が良いと言われてしまって…。」


私の隣に立つ、女性の警察官。
この人が色々担当してくれた。


「苗字さん、今日はもう帰って頂いて構いません。ご協力ありがとうございました。
後日、服を提出して頂きたいのでその服はままお持ちになってください。」



洋服まで提出するのか。そりゃそうだよね、これも立派な証拠だ。

でも…またここに来るのか。

そう考えて気分が沈んだ。


「これ、貴女の荷物です。こちらも一応写真を撮らせて頂いてます。」


奥から若い男性の警察官が、私の荷物を持ってきた。

受けとる時に一瞬だけビクリと手が動かなくなったが、なんでもないように荷物を受けとる。


「ありがとうございました。」


ペコリとお辞儀をしてから安室さんに向き直った。
何か言われる前に、安室さんの腕を掴んで歩き出す。


「タクシー、呼んでくれたんです。帰りましょう。」



家へ向かうまでの車内は、お互い一言も喋らなかった。











真っ暗な部屋に電気を付ける。
ダイニングテーブルにはラップをかけた料理が置いてあった。


「私、お風呂入ってきちゃいます。それからご飯頂きますね。」


明るく、いつも通りに。

安室さんに向かってそう言えば、綺麗な顔は顰めたままだ。


「名前さん…」



辛そうに、私の名前を呼ぶ。

そんな顔しないで?私は大丈夫です。



「お風呂の後に、ちゃんと説明しますね。」


「…わかりました。何か温かい飲み物、用意します。」


「嬉しい!ありがとうございます、安室さん!」


そう言うってから私は、お風呂へ。安室さんはキッチンへ向かった。











リビングのソファーへ座って、安室さんが入れてくれたホットチョコレートを飲んだ。

じんわり染みる甘さに、ガチガチだった身体の力が少しだけ抜けた気がする。

隣に座った安室さんは、何も言わない。
きっと、私が話し出すのを待ってくれている。



「びっくり、させちゃいましたよね。突然警察に来てるなんて電話。」


深呼吸を、ひとつ。
大丈夫。もうあの男はここにいない。


「帰り道、いつも通り公園を通ってたんです。
そしたら…後ろからいきなり羽交い締めにされて、口を塞がれて。」



今日も残業だった。早く帰らなきゃと、小走りで少し薄暗い公園を通った時だった。

強い力で腕を引かれて、そのまま羽交い締めにされ、手で口を塞がれた。


「最初は凄くびっくりしたし、怖かったです。
でも…沢山抵抗してやりました!」


びっくりして動かなくなってしまった身体だけど、このまま大人しく好き勝手されるのは絶対に嫌だ。
そう思って、草むらへ引きずり込まれる前に必死で足を動かした。


「そしたら運良く、男の鳩尾に私の蹴りがクリーンヒット。呻き声あげて、男は倒れました。
それから自分で警察呼んで、調書とか色々受けて…そしたらこんな時間になっちゃいました。」




王子様なんて、いない。

だから自分で戦える。

お姫様じゃない。私は強いんだ。




「…抵抗したしから、服も髪の毛もボロボロになっちゃったけど…でも、こうやって無事に家に帰ってこれた。」



私は強い。大丈夫。こんな事で、泣いたりしない。



「今日もご飯作ってくれてたのに…帰るの遅くなって、心配も掛けて、本当にごめんなさい。」



安室さんは、俯いて、拳を握っている。



「…相手が、武器を持ってたらどうしていたんだ…。今回は運が良かっただけじゃないか…。」



聞いたこともない、低い声。
アイスブルーが、こちらに向けられた。



「気絶させられていたら?抵抗も出来ないし、助けだって呼べない。
抵抗できたとしても、それに逆上して殺されていたかもしれない。」



「…………………………。」



「それくらい、危険な事を貴女はしたんだ。」


「…わかって…います…。」


わかってる。危険なことだって。

安室さんが言ってることが正しい。

でも…来てもくれない助けを待つなんて絶対に嫌だった。





「………すいません、本当は…名前さんにこんな事を言いたい訳じゃないんです…。」



低かった声が、いつもの優しい声色に戻る。



「名前さんは何も悪くない。
…僕が貴女の事を駅まで迎えに行っていればこんなことにはならなかったかもしれない…。」


「そんな…安室さんは何も悪くない…!1人で夜の公園なんて歩いた私が…!」


「でも、防げたかもしれない犯罪です。
だから…次から遅くなる時は僕に連絡してください。迎えに行かせて下さいね。」


「……………はい。」



「あと、防犯グッズもちゃんと持ってください。少しでも時間稼ぎにはなりますから。」


「安室さんが選んでくれますか?」


「ええ勿論。僕で良ければ。」


警察官の安室さんが選ぶ防犯グッズなら信頼できそうだ。

防犯グッズを携帯で調べ、真剣に何が良いか悩み始めた安室さん。

それを横目に見ながら、カップに残ったホットチョコレートを飲む。
冷めてしまったけど、それでも美味しかった。












「あ、そうだ。名前さん。」


「はい?」



せっかく作ってくれてた食事だから…頑張って食べたかったんだけど…。

あんなことがあった後で食欲が無かったので、明日の朝に食べますと晩ご飯は断った。

無理しなくていい。今日はゆっくり休んでください。安室さんはそう言ってくれた。

その優しさに甘えて、今日はこのままゆっくり休もう。沢山寝て、今日あった怖いこと全部忘れちゃおう。

そう思いながら立ち上がった私を安室さんが呼び止めた。




「……良く、頑張りました。」


「………………っはい……!」






その一言が、私を認めてくれた気がして嬉しくなった。





夜と引き換えに笑い掛けて
(貴方と同じ強さに憧れて)




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