::みんなで海水浴:買い出し編〜後編〜


 予測出来る不運を避けたいのは、人間誰しも思うことだろう。
 それにはナマエも例に漏れず、カメユーに引きずられた時点で「如何に上手く何の犠牲も出さず不運を回避出来るか」と頭をフル回転させていた――……そういう経緯があって、ナマエは無駄に張り切って買い物を済ませていたのだ。
 しかし現実は非情である。



 「買い出しの主導権を自分が握ってさっさとケーキバイキングに行く」という作戦が見事に失敗したナマエは、むくれた顔でファッションフロアにいた。 夏真っ盛りということもあり、エスカレーターを降りてすぐに視界に広がったのは、数々の水着が織り成す極彩色溢れる光景だった。

 「ちょっと熊狩りに行ってグエッ!」

 くるり、と背を翻そうとしたナマエの首根っこをランが掴んだ。一瞬首が締まったせいで、ナマエは蛙が潰れたような悲鳴を上げた。年頃の女の子としては完全にアウトな悲鳴だ。それにランが「ごめん、ごめん」とすまなさそうに謝ったが、ナマエは首を摩って「ランちゃんの筋肉おばけェ……」と恨み言を吐いた。

 「ナマエがいい加減諦めないからそうなるのさ」

 ノエルが可笑しそうにクスクス笑った。そんな彼女をナマエが軽く睨み、ナマエの視線を受け止めたノエルは「おぉ怖い」と肩を竦めておどけてみせる。人を小馬鹿にした彼女の態度に、ナマエは無言でぷい、とそっぽを向いてしまった。

 「拗ねないで、ナマエ」

 眉を微かに八の字にして碧が声をかけた。それに「拗ねてませんー」とナマエが応えた。しかし尖らせた唇から紡がれる言葉には説得力がなかった。

 「さて。まずは取り寄せた水着を受け取りに行こうかね」

 未だ拗ねるナマエは無視して、ランが言う。それに対して碧が「あぁ、そういえば」と思い出したように独り言ちた。彼女らの言動から察するに、以前にも水着を買いに訪れたらしかった。

 「えっ、わざわざ取り寄せたの……?」

 信じられない、と言外に含めてナマエが言う。するとノエルがポン、と彼女の肩を叩いて人差し指の先をランと碧に向けた。

 「アレの持ち主だもの」

 ノエルが言うアレ――……それは綺麗な曲線を描いた一対の乳房である。二人共年齢と比較すると些か、いやかなりのボリュームがある。緩やかな双丘が織り成す女性らしさに、同性であっても、いや同性であるからこそ魅力的に感じる。
 ナマエは「あぁ、」とげんなりとした表情で頷いた。

 「理解したよ、心で理解した……」

 ナマエの言葉を聞きながら、ノエルは自分の胸元に手を当てた。
 彼女に倣い、ナマエも胸元に手を置く。

 「心が豊かであれば良いんだよ」

 「そうですね、大事なのはハート……」

 ノエルは爽やかに、ナマエは憂いを込めて言葉を紡いだ。共に何処か遠くを見ていて心此処に非ずだった。
 そうやって二人が無くならない格差社会に絶望してる間に、恵まれしランと碧は取り寄せた水着を引き取ったらしい。二人共手に袋を持ち、心無しか頬が緩んでいるようにも見える。

 「何してんの」

 様子のおかしいノエルとナマエにランが声をかけた。当然である。彼女に肩を叩かれたノエルは、「あぁ、」と言いながら顔を向けて「個性について考えていたんだよ」と応えた。勿論言うまでもなくランは珍妙な顔をしたがノエルの言葉に突っ込むことなく(多分面倒くさいのだろう)、「へえ」と気のない返事をした。

 「私たちの用事は済ませたし、ナマエのを買いましょうか」

 「うえっ!?」

 碧のまさかの言葉にナマエが肩を跳ねさせて奇声を発した。透かさず逃げようとするが、隣に立つノエルがナマエの肩に手を回して引き寄せた。

 「だから、逃げられないんだって」

 「いいー」

 「変な声で鳴かない」

 「うー」

 「うーじゃない」

 最早喃語しか発さなくなったナマエにノエルが淡々と突っ込んでいく。それを逆隣に立つ碧が苦笑しながら見守っている。そして「実はナマエに似合いそうなものは何着か見たててあるの」と言った。

 「それを試着して貰って、良いのがあったら買いましょう」

 「君ら、計画的犯行だな……」

 ナマエが煽りながら碧を睨む。するとランが「あったりまえじゃん!」と応えた。

 「タッセと熊ちゃんは押せば着るし、綯子と要はこっちが多少妥協すれば着る。でもアンタは押しても妥協しても意地でも着ないでしょ! だからこーやって連れ出してんの」

 「うぅ」

 行動と思考がバレバレだった。未だ全身からイヤイヤオーラを垂れ流すナマエの背中をランが押して前進させる。おもちゃ売り場とは逆の人物配置に碧が笑った。その合間にノエルが手近にあった水着に目を留めて拝借する。

 「これなんてどうかな、ナマエ」

 ずい、とノエルがナマエに差し出したのは黒地のシンプルなデザインの水着だったが――……布面積が圧倒的に少ない。

 「マイクロビキニじゃねーか!」

 叫びながら、ナマエは水着を持つノエルの手を叩き落とした。

 「ンなもん着てたら痴女じゃねーか! 輪姦されるわ! ていうかなンでこんなもん置いてんだよここの責任者はバカか!!!」

 「あっはっは、お口が悪いなァ」

 温度が上がった分だけ言葉遣いが乱暴になったナマエを諌めてノエルが笑う。しかし元凶に諫められると温度は上がる一方で、先のこともありナマエは「むきー!」と鳴き、とうとう日本語を捨てた。

 「冗談に決まってるでしょう」

 あぁ面白い、と呟いたノエルはマイクロビキニと入れ替えるようにまた一着、水着を差し出した。
 大きなリボンを模した白地に黒のドットのチューブトップと、フリルスカートを彷彿とさせるミントグリーンのビキニパンツのセットだ。

 「……」

 マイクロビキニと比べて健康的で可愛らしいデザインの水着を見せられて、一瞬の間だけナマエは口を噤んだ。その間をランが逃さないわけがない。

 「じゃ、それ着て」

 早口にそう言い、ナマエとノエルが選んだ水着を試着室に押し込んだ。

 「ナマエが出てくるまで、私らここで待機してるからね〜〜。逃げようとしても無駄だかんね!」

 仕切りの向こうにいるナマエにランが追い打ちをかけた。ここまで来て逃げることは無いだろうと確信をしていても更なる念押しは必要なのだ。
 当然のことながら、ナマエの返事はない。だがカーテンに映る影は服を脱ぐ動きを見せた。それを見て、三人は誰からとでもいうなく目を合わせ――……「大成功」と言うふうにニッコリと笑い合ったのだった。

 「い〜お〜」

 ナマエが試着室に入ってから、五分は経過しただろうか。
 催促するようにランが仕切りをノックすると「はーいー」とこれまた嫌そうな可愛くない声が返事が返ってきた。

 「見せてみ」

 「や、やだよ! 恥ずかしい……殆ど裸だし……」

 「水着ってそういうモノだよ」

 かまととぶったナマエの言葉にノエルが容赦なくツッコんだ。すると何かに気付いたかのように、ナマエがハッと息を吐いた。

 「ていうか何でサイズピッタリなの!? いつの間に測ったの!」

 「フフ、」

 ヒステリックなナマエの問いにノエルが不敵に笑う。

 「目測でおおよそのサイズに目星を付け実際に触れることで確信した! このノエル・シャルトーに不可能は無いと思って頂こうッ!」

 彼女の言葉でナマエの脳内で全てが繋がった。

 「あの時か!」

 我を忘れたナマエはカーテンを勢いよく開けて身を乗り出し、ノエルに向かって指を差した。

 「カメユーに入る前の、あのスキンシップだな!」

 「ご明察! 私は君に敬意を表すッ」



 ――……パシャリ



 妙なテンションになっていくノエルとナマエの間を割って入った機械音。
 場にそぐわない音に硬直したナマエは、ぎこちなく首ごとそちらに向けて視線を飛ばした。彼女が向ける猫目の先にいたのは――……スマフォのカメラをこちらに向けている、碧だった。

 「えっ、と……?」

 理解が出来なくて、ナマエが顔を引きつらせる。

 「LINEで皆に意見を聞こうかと思って」

 にこ、とホリィさん譲りの聖母の微笑みを賛えた碧が言う。その笑みの前で何人が彼女に逆らうものか――……ナマエは脱力し、「もーいーよ……」とベソをかいた。

 「私のことなんて好きにすればいーよ! もう! 何でも着るよ、バカ!」

 「あ、そう」

 ランがあっけらかんと言った。と、同時にどこから持ってきたのやら。……また一着の水着をナマエに押し付けた。

 「次はこれね」

 ナマエは力無く頷き、再び試着室へと引っ込んだ。





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 ブブ、と要の携帯電話が震えた。
 それに一緒にいる綯子も気付いたのか、「来た?」と小首を傾げた。その問いに要がこっくりと首を縦に振る。そして常備しているメモ帳のページを新しく開き、ボールペンで綺麗な字を書いてゆく。

 『ナマエちゃんの、水着』

 「災難だよねェ……」

 綯子の言葉に頷いて応えながら、要はアイスティーに口をつけた。ナマエがデパートで戦っている間、綯子と要はドゥ・マゴでお茶会をしていた。きつい陽射しの下でお茶をする気になれないの誰だって同じなようで、訪れる客は皆、空調とジムノペディが流れる店内でのんびりとした時間を過ごしている。
 綯子が自分のスマートフォンのディスプレイを覗き込むと、蹄鉄をモチーフにしたストラップが微かに揺れた。

 「あ。これ可愛い」

 そう言って綯子が要に見せたのは、ノエルが選んだドット柄のチューブトップの水着を着たナマエの写真だった。

 『私は、これも好き』

 要が示したのは赤やオレンジ、水色、ピンクの花がプリントされたバンドゥビキニだ。トップの胸元にあしらわれたリボンが可愛らしい。女の子らしさと快活さを印象付けるそれは、要が抱くナマエのイメージにぴったりで、根拠は無いがこれを選んだのはランじゃないのかと予想した。

 「似合うねぇ……このマリンスタイルも良いかも」

 続いて綯子が示したのは、青と白のマリンボーダーが眩しいホルターネックのトップスと、デニムショートパンツを模したボトムの水着だった。肩紐や胸を飾る細いリボン、ベルトのように巻かれた黄色い紐がアクセントになっていて爽やかなデザインだ。恐らくこれは碧が選んだものなのだろう。

 『三つとも可愛いね』

 綴り、内容を考えるかのように要はペン先で紙面を軽く叩いた。彼女の言葉の続きを待ちながら、綯子はそのペン先を見つめる。

 『……選んだのってあの三人だよね』

 「あの三人だね」

 二人が言う“あの”、という言葉の後には“人を誂う事に他の追随を許さない”と続くが今回は割愛する。

 「結構“まとも”なのを選んでるみたいだし――……」

 綯子の言葉に同意しながら、要は「手厳しいなァ」と心中でぼやいた。しかしそれは要も同じく思う所だったのでどっこいどっこいだ。

 『私たちも三人に水着を選んで貰ったけど、安心だね』

 滑るように要が文字を書く。今度は綯子が「うん、」と頷くと

 「明後日の海水浴が楽しみだね!」

と、うきうきした気分を隠しきれないような顔つきで頬を染めた。そんな表情を見せる綯子につられて要も目を細めて『そうだね』とメモ帳に綴った。
 すると、

 「海鼠と宿借愛でて遊ぼう……ふふ……」

綯子がどこか夢見がちな声色で呟いた。

 「……」

 しかし要はノーコメントを貫いた。不謹慎かもしれないが、今この一瞬だけ声を失くしてて良かった、と思いながら――……彼女は再びアイスティーに口をつけたのだった。





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買い出し編はここらで終了です〜〜。
ちなみに綯ちゃんと要ちゃんはウィンドーショッピングの帰りっていう設定ですン……活かしきれてないですけどねフヘヘ(白目


余談ですが、ノエルちゃん、碧ちゃん、綯ちゃん、ビーちゃんはスマヒョ勢のイメージがあります。
ノエルちゃんとビーちゃんは機種変してそんなに経ってなくってまだスマヒョと仲良しになってない、みたいな感じです。
ガラケー民はタッツィーナちゃんとランちゃん、要ちゃんです。三人とも物持ちが良くて「完全に壊れるまでは使う」というイメージがあります。


次回からはやっと海に行きます!
そこではタッツィーナちゃん、ビーちゃん、要ちゃん、綯ちゃんも加わってきゃっきゃうふふポロリ☆な感じになります!でも泳ぎません!!!!
そんなんでも良ければまたお付き合い下さいませ。
ここまで読んでくださり、有難うございましたーーー!