短編 | ナノ




帝王と参謀と皇帝



そうしてなんやかんやとあって練習試合の日。私は部室で景吾に頼まれてドリンクを作っていた。

どうやら、ヘタレな景吾が少しでもギャラリーを減らすために雑用の平部員達を休みにしたせいでドリンクが無いらしい。何で私が、とも思うけれど、私が見に来てた事がどこから漏れるのか分からないため逆にこちらの方が目撃者が少なくてありがたい。ドリンク1つで身の安全が買えるなら安いものだ。ファンクラブについても出来る限りの範囲で対策を立てたし、とりあえずは虐められることもないだろう。後は怖がる景吾を宥めたり叱ったり励ましたり慰めたりエトセトラエトセトラ。

(ある意味ファンクラブより景吾の方が面倒臭かったな…)

泣き止ませる為に添い寝なんかもやったし。だから今日も同じ車で学園来たし。
ここ数日間の苦労を思い出して、私が最近癖になりつつある溜息を吐くと、隣にいる(怖いからか側を離れてくれない)景吾の肩がビクリと揺れた。

「…名前、どうかしたか?」
「何でもないよ」

一応迷惑を掛けていることは分かっているのか、不安げに私の顔を覗き込む景吾に返事をしてその頭を撫でる。昔からの暗黙の了解で頭を撫でる=私が怒ってない証拠だから、景吾は安心したようにふわりと微笑んだ。
…だから何で男のくせに女の私より綺麗に笑うんだ。

「い゛っ…!」

ムカついたので頬を思い切り抓ってやる。けれど、景吾のニキビ一つ無いキメ細やかな肌に余計にムカつく結果になった。くそ、女の敵め。

「名前…っい、いひゃい…!」

でもまあ、うちの学園で完璧の代名詞とまで言われている景吾の、これ以上無い間抜けな顔を拝めたので良しとしよう。手を離してあげると、タイミングを見計らったように部室の扉が開いて日吉君が顔を出した。

「跡部さん、ここに居たんですか。立海が到着しましたよ」
「あ、ああ。すぐ行く」
「ええ、さっさとしてください」
「………」

果てしなく素っ気ない。
ちなみに、この先輩を敬っているのか敬っていないのか判断の付かない子は、2年生で準レギュラーの日吉若君。口癖が“下剋上”で、景吾を負かして氷帝学園男子テニス部部長の座を奪おうとしてはいるけれど、この万国ビックリ人間ショーな部活内では必要不可欠なツッコミ要員だ。

「あ、名前先輩。ドリンクありがとうございます」

そして私にはよく懐いてくれている超いい子。景吾もこの子には期待をしている。何でも、早く自分を負かして部長なんて仕事を代わって欲しいらしい。こんなのが目標とか日吉君可哀相。

「いいえ、馴れてるからね」
「そうですか。では、失礼します」

パタン、と部室の扉が閉まる。
どうやら日吉君は立海レギュラー陣の到着に合わせて景吾を呼びに来てくれたようだ。丁度ドリンクも作り終わったところだったし、後は何処か遠くで試合を観戦しておけば私の役割は終わりだろう。

「じゃあ景吾、ドリンクはクーラーボックスに入れとくから。試合頑張ってね」

そう言って部室を出て行こうとした私の動きは、腕を掴んだ景吾によって邪魔をされた。

「…………何?」

この後の景吾の言葉は一字一句間違いが無い程に予想が出来るけれど(多分「名前…一緒に来てくれ…!」だと思われる)、一応ヘタレな幼なじみの成長を期待して聞いてあげよう。
景吾を見ると、数日前にも見た泣き顔を浮かべて、一言。



「名前…一緒に来てくれ…!」



少しは予想を超えて来なさいよこのヘタレ。


 * * *





結局、嫌々ながらも景吾に連れて来られたテニスコート。今は忍足君・向日君ペアと立海の赤髪君・スキンヘッド君(丸井君と桑原君というらしい)ペアが試合をしている。私と景吾はベンチで観戦中だ…にしても。

(景吾テンパってるなぁ…)

さっきから事ある毎に“あーん?”って言ってる。これは相当テンパってる証拠だ。まあ、私が見ている限りでも向日君の跳躍力は異常だし、向こうの桑原君にしたってあれだけ走り回ってまだ息が乱れていないのはおかしいだろう。何だっけ、確か肺を4つ持っているのだったか。

(……もう人間捨ててるよね)

肺を4つも持っていたらそれはもう新種の生物だ。

そんな風に、皆の有り得なさっぷりにツッコミながらも試合を眺めていた私に、不意に声がかかった。

「すまない、ドリンクを貰いたいのだが…」

振り返ると、そこに居たのは立海の副部長さん(名前は確か真田君だった)と糸のように細い目をしたレギュラーさん(多分柳君)。立海に渡していたドリンクが無くなったらしく、手にはボトルを持っている。

「ああ、ドリンクですね。用意してきますんで少し待ってて頂けますか?」
「すまない、頼む」

この際だ、ついでに皆の分も補充してあげよう。
近くに居るレギュラーに問い掛ければ、数人が空のボトルを渡してきた。その数5本。真田君達が持って来た分を合わせると、ちょっと私の力じゃきついかもしれない。

「大丈夫か?」

真田君達もそう思ったのか、手伝おうとしてくれた。練習試合に来てくれた相手を使うのはどうかとも思ったけれど、初め使おうと思った景吾は真田君と柳君を見て固まってるし、断る理由も無いのでありがたくその厚意を受け取ることにする。

「じゃあ景吾、ちょっと抜けるからね」

一言断りを入れると、ぎこちないながらも頷いた。まだギリギリ動けるから大丈夫そうだ。



そんな感じで、部室のクーラーボックスからドリンクを補充した帰り道。真田君は見かけによらず凄く優しかったり、趣味の書道で気が合ったりして仲良くなれたのだけれど、もう1人の柳君はその間ボトルを持って無言を貫いている(時々ノートに何か書き込んだりもしている)。
しかも、私が話し掛けると微妙に怯えているように見えるのだ。それがどこか景吾を思い出させて、私は否定をするように頭を振った。

(まさか、ないない)

きっとここ数日間景吾に付きっきりだったからそう見えるだけだろう。じゃないと参謀と呼ばれる柳君がヘタレっぽく感じるとか有り得ない。
…訂正、あんなのがこの世に2人も居て欲しくない。面倒臭いから。

(景吾大丈夫かな…?)

ヘタレ、で連想ゲームのように景吾の事を思い出して、ちょっと心配になってきた。自分の試合になった時に固まってないと良いけれど。…いや、確実に固まるな。断言出来る。
景吾の試合まではまだいくらかあったけれど、念のためにコートへ向かうスピードを少し速めた時だ。

「名前!」

噂をすれば何とやら、私達の前方から景吾がこちらに向かって歩いてきた。
一体何だろうか。

「どうしたの」

私達の前で立ち止まった景吾に問い掛けると、何度か私から目を逸らして言い淀んでいる。それでも辛抱強く待って居てあげるとぽつり、と一言。

「…別に」
「………」

別にって、ちょっと。
何の理由にもならないでしょうそれ。大方、怖くなって私を探しに来たって所だろうけど、せっかく優秀な頭脳を持っているならまだマシな理由を考えておいて欲しい。
しかも、私の隣に居る真田君と柳君に今更気付いて固まるから余計手に負えない。

「「はぁ…」」

吐いた溜息が二重に聞こえた。




…って違う。




仰ぎ見ると、私と同時に溜息を吐いた人物は真田君。そしてその視線の先には、目を見開いたまま固まっている柳君の姿があった。

(あぁ…)

私の視線に気付いてこちらを向いた真田君とバチリと目が合う。その瞬間、私と真田君の間で何かが通いあった。

私が柳君を指差せば、真田君が頷く。
真田君が景吾を指差せば、私が頷く。

「「………」」



がしぃっ!



「真田弦一郎だ宜しく頼む」
「名字名前ですこちらこそ」



固い握手を交わして、ヘタレの保護者同盟ここに結成。




帝王と参謀と皇帝

(仲間外れは誰でしょう)



「(どうしようどうしようどうしようこいつアーンの奴だよいつも自信満々な俺様だよどうやって接すれば良いんだデータが無いから分からない弦一郎頼むからこっちに気付いてくれ助けてくれ俺はこんな奴と話なんか出来ないんだ!!怖いから!!)」
「(参謀だよ目の前に参謀がいるマジでどうしようてか開眼してるやばい恐ぇ俺何かしたか?え?何かした?ちょっと名前頼むから助けてくれ俺知らない間に何かやっちゃったらしいんだってお前なんで真田なんかと話せてんだよ怖くねぇのか!?)」
「見事に2人とも固まってますね…」
「うむ…」
「あ、動いた」
「やな、ぎ、れんじ、だ。(噛んだ上にひらがな発音になったぁああ!)」
「跡部、けぃ、ご。(噛んだぁああ!わざとじゃないんだ!お前が噛んだからわざと噛んだわけじゃないんだ!)」
「「………」」





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