短編 | ナノ




帝王たる者







「絶っ…対無理だ…!」

週末に大型連休を控えた、ある日の事。
氷帝学園中等部生徒会長兼男子テニス部部長兼私の幼なじみである跡部景吾は、きらびやかな生徒会室のこれまたきらびやかなソファーに座って頭を抱えていた。

「…景吾、さっきからそれしか言ってないよ」

そして、そんな景吾を尻目に同じくソファーに座りながら自分でいれた紅茶を飲んでいる私、こと名字名前。
生徒会室に置いている私物のティーカップから香る上品な香りと、口内に広がる茶葉の風味に小さく笑みを浮かべる。
うん、我ながら上出来だ。

「けど無理なものは無理なんだよ…!どうしよう、なあ名前どうしたら良いと思う?」

綺麗なコバルトブルーの瞳に涙を湛えながら私を見上げる景吾に、普段のような自信家の影はない。私は成長した今尚相変わらずの幼なじみの様子に溜息を吐いた。

「どうって、試合すれば良いじゃない。練習試合なんだから」
「それが無理なんだよ…っ。あんな奴らと試合なんかしたら俺死ぬぞ!」
「じゃあ何でそんな予定組んだのよ」

試合しないなら意味ないでしょ、と言外に続ける。きっと今、私はこれでもかと面倒臭そうな顔をしているんだろう。このドがつく程ヘタレな景吾のせいで。
…全く、緊急だと言われたからわざわざ生徒会室に出向いてみれば週末に控えた練習試合が恐い、と部活の悩みを延々聞かされているだけじゃないか。チラリと確認した時計によればかれこれ2時間は経とうとしている。私もいい加減帰りたい。

「景吾、一体何がそんなに恐いの。いつもみたいにラケットでボールを打ち返せば良いだけでしょう?」
「名前はあいつらの恐ろしさを知らねぇからそう言えるんだ!」

自分でも分かる呆れた声音でそう漏らせば、全力の否定が返ってきた。そしてその後直ぐ、やれ副部長の顔が恐いだのキレたらヤバい2年が居るだの詐欺師だの達人だのと練習試合の相手である立海男子テニス部レギュラー陣の恐ろしさ(あくまで景吾から見たもの)が悲痛な声で語られる。語っている内にその恐さを思い出したのか、とうとう泣き出す始末だ。

「部長、の幸村とか、五感奪ったり出来るんだぞ…っ。もうあいつら人間じゃねぇよ…!」
「いや、景吾達も人のこと言えないと思うよ」

異常な程高く跳ぶ向日君にそのパートナーで心が閉ざせる忍足君。時速200キロ近いサーブを打つ鳳君だって居るし、一目見れば何でもコピー出来る樺地君だって居る。
それに、今泣いている景吾にしたって相手の弱点や死角を瞬時に見抜くインサイトを持ってるんだから、立海の皆さんもうちにだけは人外と言われたくないだろう。

(…まあ、景吾のインサイトはヘタレの延長なんだけど)

向かってくるボールが怖くて、打ち返されないよう相手の死角を狙う練習を死に物狂いでやった賜物だ。褒めようにも微妙に褒められないこの真相を一体何人が気付いているのか…、数えようとしてすぐに止めた。どうせ私しか居ないのだ。

「名前!」

再び溜息を吐こうとしたら、突如手を握ってきた景吾に邪魔をされた。

「頼むから練習試合付いて来てくれ…!」
「は?」

手を握るなり何を言い出すかと思えば、練習試合への同伴のお誘い。景吾のファンからすると今の状況はそれこそ天にも昇る気持ちなのだろうけど、景吾のヘタレっぷりを知る私からしてみれば残念ながら何言ってんの、の一言である。

「嫌よ」
「そんな…っ見てるだけで良いから!」
「嫌。大体、休日の部活見学を禁止したのは景吾でしょう」
「それはそうだけどよ…」

人気の高すぎるレギュラー陣の応援のせいで部員の集中力が削られるからと景吾が休日だけでも部活の見学を禁止したのは記憶に新しい。なのに、部員やマネージャーでもない私が練習試合を見ていたとなれば予想されるのは非難の嵐。せっかく(半ば無理矢理ながらも)もぎ取ったこの状況を、景吾の我が儘で水の泡にする訳にはいかない。
部員の為にも、景吾の為にも。

「景吾達がやるのはテニスであって殺し合いなんかじゃないんだから、いつもみたいに自信満々にやって来なさいよ」
「ぅ…………っ無理だやっぱり恐ぇ!」
「はぁ…」

駄目だコイツ。
さっきは邪魔された溜息を今度こそ吐き出した。

「名前…頼む…!」

私の手を離さないように握ったままうるうると見上げてくる景吾は容姿が整っているだけあってそれなりに母性本能をくすぐられるし、幼なじみの欲目から、まあ……可愛いと思わないこともない。
けれど、それに流されては今後私の学園生活が危うくなるのだ。景吾の幼なじみというだけで微妙な立場なのに、そこで特別扱い(実際は全然違うが)をされたとなれば比喩ではなく全校の女子の過半数が敵に回る。入学当初から努力して勝ち取った平穏な生活を捨てて、誰が好き好んでファンクラブの標的になるものか。景吾には悪いが此処は心を鬼にして、

「名前…」

鬼にして…

「なあ…」

鬼に…

「お願――」
「っああもう!!分かった、分かりました!一緒に行ってあげるから泣かないの!」
「本当か!!」

ぱぁっ、と擬音が付きそうな程に、一瞬前までの泣き顔から一転、満面の笑みを浮かべた景吾に今日何度目かも分からない溜息を吐く。ヘタレのくせに笑った途端背景に薔薇が咲いたのも忌ま忌ましい。女の私だってそんなこと出来ないのに。
そんな不満(というより八つ当たり)を抱き着いて来た景吾(少しウザい)を適当にあしらいながら紅茶と共に飲み込んだ。

(週末は騒がしくなるなぁ…。ファンクラブ対策もやっとかないと)

本当、面倒臭い。

けれどそれでも頼みを断りきれない私は、やっぱり景吾に甘いのだ。



「名前、ありがとな」



とりあえず今の所は、景吾の笑顔で手を打とう。




帝王たる者

(ヘタレは隠さねばなりません)



「景吾、レギュラーの皆にはちゃんと説明しときなさいよ?」
「ああ!」
「私と必要以上に接触しないこと」
「…頑張る」
「それと、せっかく私が見に行くんだから負けたなんて格好悪いところは見せないで。約束出来る?」
「勿論、俺が勝つのは当たり前だろ」
「ヘタレのくせに」
「………」





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