届かない

深夜の事務作業。
ふと外を見ると、向かいのマンションの上にぽっかりと満月が浮かんでいた。
だが別に気に留めることもなく、淡々と作業を続ける。

この時間まで起きていることに、いつの間にか罪悪感が無くなっていた。
背後のベッドの上は、誰の所為か知らないが、すぐに寝ることが出来ない程度には散らかっている。
むしろそれが普通だ。

僕はパソコンの時計を見た。
『23:59』
――ああもうすぐ、今日が昨日に変わる。
一瞬よぎった感慨はすぐに脳裏を通り過ぎ、再び作業に戻る。

次にちらりと同じ時計を見た時には、0時を5分過ぎていた。
だが、それは僕にとってはどうでもいいことだった。
その下の日付の方が、より重要だった。
『○月○日』
それは僕が一方的に愛する彼の誕生日。
「……おめでとう」
彼は今どこにいるのか、僕の情報網には引っかかってこない。
それでも、彼の今の様子は想像出来る。
完全に眠っているか、それとも友達の多いあの子のことだから、メールやSNSでの弾丸お祝いメッセージを読んでいるか。
僕は彼の連絡先を知らない。
ましてや、まともに話したことすらほとんどない。
直接祝う権利など、僕には最初から無かった。

止まった作業の手が、自然と携帯電話に伸びる。
そして一言、呟いてやった。
「ちくしょう」と。

月は暗雲に隠されて、もう見えない。


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