最後の御言葉は簡潔なものだった。しかし、その言葉には、今まで積み重ねてきたものの重みが確かにあった。
「この天皇でよかったね」
「あんな優しい人も、そうそういないさ。さて、メシの用意でもするか」
「よろしくー」
 今日のメニューは年越し蕎麦。鰹節から丁寧に出汁を取って作るめんつゆは、僕のお気に入りだった。
「風呂、入っておいでよ」
「うん」
 綺麗な身体で新しい時代を迎えたいから、今日は念入りに。髪を二回洗って、石鹸で顔と身体を丁寧に洗って、出てからは睦のボディクリームを拝借。もちろん、顔を化粧水と乳液で整えるのも忘れずに。
 脱衣所を出ると、香ばしい香りが漂っていた。午後六時。お腹も空く時間、テレビの前に、二人して座った。蕎麦と、外で買ってきた野菜サラダ。これで僕達に取っては十分。
「あれ、お酒は?」
 睦はお茶を持ってきた。せっかくだから、飲んでやろうと思って、先日いいワインを買ったのに。すると、彼女はクスクスと笑うのだ。
「あとで。ほら、今日は映画を見る予定でいるでしょ? その時にゆっくり傾ければいいじゃない」
「……うん、いいよ」
 そうだ、まあ、ワインは蕎麦には合わない、というのもあるのだろう。
「いただきます」
 両手を合わせて、出来たての熱いたぬき蕎麦をいただく。つゆも揚げ玉もネギも、もちろん麺も、すべてが美味しい。幸せな「時代末」だ。
 テレビは先程の退位の儀式に対する意見を延々と流している。蕎麦を食べ切ったところでそれに見切りをつけ、僕がお椀を流しに持っていくのと入れ替わりに、コルクを開けやすくするために、キッチンで横に倒していた赤ワインを立てて、昔バーを経営する友人に教えてもらったように、コルク抜きでそれを抜いた。
「お見事」
「お手の物」
 睦はもう、今日見る怪獣映画のDVDをセットし終えたらしい。そう、少し前に大ヒットした、東京と神奈川に怪獣が襲ってくるあの映画だ。僕達はその映画が大好きで、事ある事にそれを見ている。
「おつまみは?」
「冷蔵庫にチーズ」
 まず、ワインとグラスを席に運んだ後、冷蔵庫を開けてみれば、映画鑑賞の時には欠かせない、キューブ状のチーズアソートが入っていた。その中身をお皿にあげ、それも席に運んでしまえば、後はワインをグラスに注いでくれた彼女が、部屋の電気を消すだけ。ほら、外も暗い、自然の中の小さなミニシアターの完成。
「乾杯」
「乾杯。いい時代になりますように」
 僕は右手に、彼女は左手にグラスを持って。まもなく、怪獣が海から顔を出す――


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