どらごん・ふらい(4)


 翌朝、私は十一時前の特急電車に乗るつもりで準備をしていた。街一番のホテルの一階で、バイキングの料理を選んでいると、昨日会った同窓生から電話がかかってきた。ステーキ屋からの帰りに、連絡先を交換していた。両手が塞がっていたので、席に選んだものを置いてから、店の外でかけ直した。
「どうした、んな時間から」
『朝早くに悪い。単刀直入やけど、お前、いつまで今治におるん?』
「今日帰るよ。十時五十九分の電車で東京に」
『え、もう帰るのかよ』
「しーごーと。なんか用か?」
『あいつから預かっているものがあるんや。分かった、駅に届ける。改札前で待ち合わせな』
 ほう、あいつ、遺言以外に、私に何か遺してたのか。私は彼を好いていたが、告白して付き合っていた訳ではない。高校が別々になるまで、ずっと親しい友人の一人ではあったが。
 食後、荷物をまとめてから、時間はあったが、手持ち無沙汰だったのもあって、早めにチェックアウトした。
 天気は曇りだった。昨日のステーキ屋の横を通って、駅に入る。昨日のあいつはまだ来ていないようだ。
 昼食用に、駅弁を買った。土産は買わないのが常だが、子供の頃によく食べていたお菓子を見つけて、自分用に一番小さい容量を買った。
 出発十五分前。待合スペースのベンチに座って、遅いぞ、ホームに上がっちまうぞ、と思っていた時、やっとあいつはやってきた。
「すまん、親父についでの用事を頼まれとって。激チャしてきた」
「間に合ったならええよ。それで、その袋がそうやな?」
「そう、これ。本人以外開けんなって言われとるから、俺も中身は知らんのやけど」
「ほう。ま、受け取っておくわ。わざわざあんがと」
「いいぜいいぜ。じゃ、気をつけてな。着いたら連絡寄越せよ」
「はいはい」
 切符に改札で印(はん)を押してもらい、三階にあるホームに登った。切符に書かれている号車を確認して、ホームのその位置に。高架ホームにはベンチもあるが、もうすぐ来るのだ、座ることはやめた。でも鞄は少々重いので、ホームの床に置いた。
 しかし、もらったものが気になる。持ち手付きのピンク色のビニール袋の中には、白い箱と、その下に何やらカード状のものが入っているようだ。
 と、その時、目の前を何かが横切った。そしてそれは、急旋回して、私の鞄の取っ手に止まった。
 トンボ、おそらくは、アキアカネ。私に近づいてくるそれは、昨日出会った同種を彷彿とさせた。いや、もしかすると、昨日感じた私の勘は、当たっているのかもしれない。それを確かめることにした。
 私はしゃがみこんで、袋の中に入っている白い箱を取り出し、トンボの目の前に袋と箱を掲げた。
「もし君が、これを私に贈ったその人やったら、円を描いて戻ってきて。そうやないなら、止まったままでいて」
 トンボは取っ手を離れ、ホームに円を描いて、また取っ手に止まった。それは私の言葉に応答したものかもしれないし、単なる偶然なのかもしれない。それでも私は、前者であるように祈った。
「そうかい、そうかい。じゃあ、これは私がもらっておくよ」
 再び、トンボは円を描いた。ホームに『瀬戸の花嫁』の音楽が流れる。電車が来る合図だ。私はトンボに語りかける。
「私は次のお彼岸にも戻ってくる。どうか、その時まで、待っていてほしい」
 それを言い終わった時、トンボは飛び立っていった。私は箱を袋に戻し、鞄も持って立ち上がった。
 開いたドアから降りる人はいない。静かにその電車に乗り込んで、自由席の空席、誰もいない二人がけの窓側に座った。リュックは足元に置き、テーブルを出してビニール袋はそこに置いた。
 車両は静かに加速する。一息つくために、買った水を飲んでから、箱とカード状の何かを広げた。
 カードにはたった一言、こう書かれていた。
『お前をずっと探していたんだ』
 どういうことだろうか? 向こうも、私のことを覚えていたということは、昨日の話から間違いではないだろうが。それと、この箱の中身が、何か関連しているのだろうか。
 白い箱を開けると、藍色の布の箱が出てきた。その形状から、私はその中身を察した。
 それは的中した。指輪に付けられたダイヤモンドが、煌々と輝いていた。


(2018/09/23)


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