どらごん・ふらい(3)


 整備されたところまで降りて、出口を目指していると、トンボは突然、私の前に出て、左折した。
 その方向は、墓場の出口ではない。でも、気になって、その方向に行くと、こちらを向いて、卒塔婆の一つに器用に止まっていた。私の姿を認めると、卒塔婆を離れて、私を先導するかのように飛んでいく。
――どこへ連れて行くつもりだ。
 そして、再び左折。その近くの墓に、アキアカネは止まった。
『加藤家』
 加藤、加藤……そんな名前の知り合い、いたっけか?
 近くに戒名や俗名が書かれている石があった。それを見てみると……答えは、そこにあった。
――え、あいつじゃねえか。もう亡くなったん、か?
 一番新しい名前は、小学校の頃の、私の初恋の人だった。フルネームを見て、初めて思い出した。没年月日は、三年前になっていた。
――まだ若い、のに。
 ということは、そのトンボは。
 あの、私が小学生の頃に、見初めた君なのか。アキアカネに、そう聞こうとしたが、後ろから、足音が聞こえてきた。
「あれ、お前、どっかで見たような……」
 私と同じ年ぐらいの男が、白い菊の花を持って立っていた。
 私の中学の同窓生だった。右目の下に、大きな涙ぼくろがあるのが変わっていなかったので、すぐに彼だと分かった。初恋の人は、この男とも親友だった。
「君も、こいつの墓参りか?」
「まあね。俺は、こいつが亡くなってから、彼岸にはいつも来とるよ。お前もそうなんか?」
「いや、今日が初めて。先祖の墓参りのついでに」
 そこにいるトンボに導かれて、だなんて、普通の人には信じられないことは、言えなかった。
「なるほど。――ああ、こいつ、まだおったか」
 彼は墓にいるアキアカネを見て、目を細めた。あれ、何か知っているのか。
「こいつ?」
「いつもこの墓におるよ。変なことを言うようかもしれんけど、俺はこのトンボが、あいつやないかって信じてる」
 彼なら、大丈夫かもしれない。私は、街中から、このトンボに連れられて、この場所に来たということを、彼に告白した。自分の『初恋の君』が、亡くなったことを、今の今まで知らなかったことも。
「わ、そうだったんや。そうか……俺はあいつの亡くなった経緯、知っとるけど、時間があるなら、聞くか?」
 それは聞かない訳にはいかない。ホテルのチェックイン時間が心配だったので、電話して遅くなる旨を伝えた。
 あの人に祈りを届けてから、街に降りて、自転車を返した。その最中、トンボはまた、荷台に掴まっていたが、駅前に着く時には、もういなくなっていた。
 子供の頃、親と月一の贅沢だった、イタリアンのファミレスは、ステーキハウスに変わってしまっていた。ちょうど、お腹も空いていたので、夕食には早いが、ステーキを食べてしまうことにした。
「最初はな、自転車に乗っていたときに、車に撥ねられて入院したんや。その時は、足を折るだけで済んだんやけど……」
 運ばれた病院で検査したところ、がんが見つかったという。あの人は楽観主義者だったから、絶対に治ると信じていて、周りも治りやすいがんだとあの人に話していたが、実際には難しいがんで、生存率も極めて低いものだった。
 そして、あるときぷつんと、糸が切れるように亡くなったという。でも、本当は自分の死期を察していて、枕の下から、遺言が見つかった、ということらしい。
 そこには、私のことも書かれていたという。葬式に呼んでくれ、と。だけど、誰も連絡先が分からなかったので、結局呼ばなかった――
「やけん、あいつ、お前に会いたかったんやないか、って。やけん、どうにかして、お前に知らせたくて、ああいう姿になって、街までお前を迎えに来たんやないか……」
 私は感情が表に出ないタイプだと言われるが、その日食べたステーキは、とてもしょっぱく感じた。
 あの人は生前、ハイボールを好んだという。彼が一杯、注文して、二人で分けて飲んで、その場はお開きになった。


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