どらごん・ふらい(2)
年に数回のペースで訪れてはいるが、その度に、街が寂しい方向に変わっていくのを感じる。商店街での風景もそうだったが、幹線道路に面する店も、その例外ではない。
高校の時にお世話になった文房具屋が、店を畳んでいた。市民に親しまれているショッピングセンターも、大手に買収されたらしい、店名が大手のそれに変わっていた。
また大通り同士の交差点に出る。ドーナツ化現象で、生まれ育ったアーケード商店街周辺よりも、やや郊外のこの辺りの方が、交通量ははるかに多い。大型の店舗も、ほとんどこの周辺にある。
後ろを振り返ると、まだトンボは同じ所に止まっている。このまま、墓まで付いてくるつもりなのだろうか。
まだ生き残っている、この辺りでは一番大きいパチンコ屋の前を右折。しばらくすると、温泉の看板が見えてくる。墓はその温泉の近くだ。
喉の渇きを覚えたので、買っておいたお茶を流し込んだ。
「いるか?」
冗談半分で、お茶のボトルを、後部座席のトンボに見せた。びくともしない。
――生きとる、よな?
ああ、きっとそうだろう。死んでいたら、ここまで自転車にしがみつくような運動能力も見せないだろう。
ペットボトルを鞄に戻すと、横断歩道の信号が青になった。ここからは細い道になる、車が来ていないことを確認して、左に曲がった。
車の一台、二台とすれ違ってから、一層細くなっている横道に入る。坂を途中まで漕いで、それからは押して上がる。
『○○寺』
境内に自転車を止めて、鞄を左の肩にかけ、花を右手で持つ。トンボはまだいた。
「用件を言うてなかったのう。今日は、じいちゃん、ばあちゃんの墓参りなんや。君も来るか?」
すると、トンボはふわっと少しだけ舞い上がり、私を追い越して、近くの石に止まった。言葉が分かっているのか、私に付いてくる意志がある、のか?
手を洗って、墓参りの人のための、備え付けの掃除道具を一式取って、バケツに水を汲んでから、試しに、墓地の方へ歩いて行くと、トンボは再び飛び立ち、私の横を併走するように飛ぶ。
――不思議なやつ。
でも、私には一種の霊能力があると、シャーマンの血を引くという母に言われたことがある。畜生に人間の魂が移る、人間が畜生に転生するという話は六道輪廻にあるが、トンボでもあるのだろうか。もしそのトンボが、その類いだとしたら。
私はそのような話を信じる。霊能力も実感していて、実際、背後霊を見るようなこともあるからだ。だから、輪廻転生も。
私の先祖の墓は、古い家であるということもあるのか、一番奥まったところにある。途中、何人か、彼岸の墓参りと思しき人に出会ったので、挨拶をする。
整備された墓地の奥、草むらの中に、人、一人分の坂になった小道がある。それを登ると、三つの墓がある。その真ん中が、私の家の墓だった。
「これが、私のご先祖様」
トンボに語りかけると、アキアカネは先祖の墓を一周飛んで、ろうそくを差すところに止まった。
「あ、そこは勘弁。ちょっと掃除するけん」
やはり、トンボは意志を持っていて、人間の言っていることが分かるらしい。隣の墓に飛び移った。
――でも、何で、私なんかに付いてきているのだろうか。
大きな墓の掃除をしながら考える。仮に、そのアキアカネが、人間から転生した誰かだとして、私に用のある者はいるのだろうか。
この墓に収められている誰か、ではないだろう。今までこういうことは一度もなかったし、一番直近での親戚の死では、祖父が亡くなって、ここに収められたのも、私と両親が上京する前だ。今、こうして現れることには、今更感がある。
それ以外に、私の周りで、私の親しい人が亡くなったということも、ここ数年は聞かない。―――あるいは、亡くなってから、大分(だいぶ)時間が経っとるとか。
いくつものものに転生して、今たまたま、トンボである、とか。六道輪廻の考えに基づくなら、ありえないことではない。
掃除の後、ろうそくに火を灯し、線香と花を供えた。酒豪揃いの先祖には、お菓子の代わりに、カップ酒を開けて、墓全体にまんべんなくかける。そのカップを置いて、一礼した。
――どうか、私達家族が、平安でありますよう、お見守りください。
「行こか」
荷物をまとめて、バケツを持つと、トンボは飛び立った。また、僕の頭の横で併走する。
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