「うん。入学手続きとか、一人暮らしのこととかは僕に完全に任せられたからね、『全部一人でやってみろ』って名目で。僕としては、一人暮らしの許可が下りたのが意外だったけどね」
「それも経験してみろ、ってことだったんだろ」
「だろうね。だから、合格したその日から、さっさと家を見つけて、そこに必要なものを送って、入学手続きもその理工学部で済ませたよ。家族にはその大学の文学部に入ったって嘘をついてね。親は自分の立場を分かってるから、入学式には来なかったからばれなかったし。僕にとっては好都合。だから、次の手を打ちに出た」
「次の手、って、最初から考えていたりしたのか?」
「そうだよ。僕は家に帰らないって決めてたから、それに向けて、受かったときから全部算段を立ててた」
 やはり策士だったか。過去のそれといい、昨日のそれといい。
「僕は彼女を作ることにした」
「……は? ゲイなんだろお前」
「でも、作らないといけなかったんだよ。家から脱出するためにね」
「ああ、なるほど。結婚して逃げる、ってやつか?」
「察しがいいね。そう、そういうこと。自分でいうのもあれだけど、これでも顔はいいと周りから言われるからね、入学早々、一ヶ月で五人の女の子に告白されたんだよ」
 それを自慢げには話さないあたり、本来は不本意なんだろう。でも、確かに女にもてそうな顔だ。でも俺に対する態度では、女ウケは良くないと思うが、その辺はうまく振る舞ったのだろうか。ましてや、恋愛感情もないだろう相手に、あるように接して。演技も上手いのだろう。そうだ、昨日だってそうだ。
「それはすげえな。その中から選んだ、ってことか?」
「そう。全員と何回か会って話を聞いてみてから、今の法的な妻を、ね。ある程度の仲になってから、僕の出自を話したんだけど、彼女はそれでも僕と付き合うことを選んだ。何でその子にしたかというと、口が堅そうだというのもあったけど、彼女には家の縛りというものがなかったんだ」
「どういうことだ?」
「彼女、高校までに肉親を全員亡くしてたんだ。だから、結婚するときに口を出してくるような人はいない。ヒドイ人間だと笑っていいよ、そういう理由なんだから」
 伏し目がちに、あいつは自嘲した。ああ、ちょいとひどいヤツだな。でも、彼女の家族とは、笑いながら会話してたし、上手くいっているように見える。
「でも、大事にしているんだったらいいだろ」
「好きではないけど、大事にはしてるよ。彼女の要求はできるだけ叶えてるし、いい人っちゃいい人だし、僕はそうしないと、家から羽ばたけなかったからね。そこに、もう一つの偶然が僕に味方した」
「意図しない何か、か」
「そう。僕は家族に内緒で就職活動をしたんだ。もちろん、親のことは黙ってね。大手電機メーカーに就職を決めた。そのままドロンしてもよかったんだけど、ちょうどその時、お父さんが警察に捕まった」
「何か、やったのか」
「お父さん、アル中でね。酔って街を歩いてたら、車と接触しちゃったんだけど、その車の運転手を殴って意識不明にさせたんだ」
「うわあ……それは」
 そういう親に育てられたのか……俺は同情を覚えた。ほぼまともな思考をしている人なら、間違いなく反発するだろう。彼はまだ、その点、まともな思考を持っていた、ということなのか。でもそれを笑いながら話すのは……うーん、分からない。猫みたいだ。
「僕も同じ反応だったよ。全国ニュースにはならなかったから、内定取り消しとかにはならなかったけど、そんな親や親を幹部にしている暴力団とは縁を完全に切ることにしたよ。事件があったのが正月前で、正月の家族会議に呼ばれたけど、卒業旅行を口実にしてドロンだよ。実際に旅行行ったしね。卒業してすぐに結婚して、彼女の名字に揃えた、というわけ」
「それで、子供ももうけたと」
「僕はあまり子供が好きじゃないんだけどね……彼女が大の子供好きで、早く欲しがってさ。彼女は就職しなかったんだけど、手作りアクセサリーをネットで売って儲けてたから、収入はあったし。事実上のデキ婚だよ、籍を入れる前に身籠もってたからね」
「なるほどな……でも、俺に言い寄るってことは、彼女を愛しては」
「いないよ。恋愛という意味では愛していない。セックスは求められればするし、子供は一応可愛いけどね……でもやっぱり、ゲイというのは覆せなかったよ。君に惹かれてしまっているようにね」
「それで、『不倫じゃない』って言うのか」
 彼は今日も、左手の薬指に指輪をしていなかった。
「そう。法的にはそうかもしれないけど、恋愛的には不倫じゃないと思ってる。恋愛的には愛してはいないんだからさ」
 右手を、俺の右手に重ねてきた。温かかった。
 暴力団の人の血を引いていることは、意外と素直に受け入れられた。不倫云々は、少々、無理のある感じではある。それは立派な不倫だろう、と言う人もいるだろう。でも、本人の中で、それで納得がいっているのであれば、俺はその考えを否定しない。それは俺にとっても、都合がよかった、というのもある。
「まあ、好きにしろ」
「否定しないんだ。僕の過去も、今も」
「お前の中で納得してるんだったら、それでいいだろ。俺はそこに干渉しない」
「やっぱり優しいね。ますます気に入ったよ」
「そうかよ。……そうだ、そういう、お前は、いつから、俺のことを」
 まだ、出会ってから一日半しか経っていないことを考えると、答えは明白だろうが。
 目が閉じられる。微かに、その頬が赤みを帯び始めた気がした。
「一目惚れ以外に何があるのさ。君こそ」
「……言わずもがな、だ」

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