翌日。調子は少し良くなっていて、本を読むことができる程度には落ち着いた。
 澪の検査は午後からで、双方の見舞いも午後にしか来ない。俺の隣のベッドの人は、早くから検査に連れて行かれたので、午前中は二人きりだった。
「何の本を読んでるの」
 澪は今日も点滴を引っ張って、俺の方に来た。ご丁寧に、俺のスペースのカーテンを閉めて。来客用の座椅子に座ったが、一応そういう仲になったと考えていいだろう、他人行儀な感じがしたので、ベッドに座らせた。
 途端、急に近づく顔。俺は空気を読んで、目を閉じた。
 温かい感触が、数秒だけ触れる。唇はかさついていない。リップクリームでもしているのだろう。
 それだけで、心臓が早鐘を打ち始めるのなら、相当やられている。
「おはようのキス」
「……俺は恥ずかしいんだが」
「誰もいないでしょ」
「それは、そうだが……」
 俺は読んでいた本を閉じた。きりのいいところまで読んでいたというのもあるが、こいつがいると集中して読める気がしなかったから、という方が大きいかもしれない。それに、俺はこいつに聞いておかないといけないことが山ほどある。
「それで、何で俺なんかに」
「そうだね、どこから話そうか……ああ、全部秘密にしてよ? 僕の法的な家族にも、君の家族にも。君は口が堅いような気がするからね。それと、嫌だと思ったら聞かなくてもいい」
「俺は秘密は厳守する。話は全部聞いてやる。相手がお前なら尚更だ」
 俺は、人の秘密を言いふらして楽しむような、下劣な人間ではない。逆に、それをネタにするするような人間は大嫌いだ。
「君って優しいんだね。じゃあ、信用するよ。まず一つ」
 彼は右の人差し指を突き出した。なんだか楽しそうだ。
「僕の親は暴力団でね」
「いきなり強烈なのがきたな」
 ジャパニーズ・マフィアから、こんな(見た目だけは)純朴そうな男が飛び出してきたのか。
「すべてのきっかけだからね。僕の旧姓は『青田』。代々、とある暴力団の幹部でね。僕は暴力団の家であることを伏せられて育てられたけど、中学生の時、周りの同級生がやたら親切だから、調べてみたらそうだって知ってしまってね。僕は知ってしまった事を隠していたけど、高校一年の進路選択の時に、親戚一同に言われたんだよ。自分たちが暴力団であることを言ってから、『君は頭がいいから既に幹部候補だ。でも、暴力団とはいえ、今の時代の幹部クラスは教養も必要だ。大学まで行って、教養を身につけて、色々な経験をして帰ってきなさい。ついでに、跡継ぎを産んでくれそうな女も連れてこい』って感じでね」
 まあ、普通の家ではありえない出来事や会話だろう。それを飄々と話すこの人もこの人だ、家庭環境的に、普通の人とは感覚が違ってくるのだろう。それがまた、この男への興味を増す要素となる。
「僕は驚きもしなかったし、反発して何かされるのも怖かったから、とりあえず話は飲んでおいたよ」
「反発する要素はあったんだな」
「もちろん。反発も不満もあった。一つ、将来の進路が縛られていること。僕はパソコンが好きで、理系に行こうと思ってたんだけど、『理系だと専門知識ばかりになる、専門職ならいいけど、全体の幹部候補なら文系で幅広い知識を身につけてほしい』って猛反対されてね。やむなく文系に進んだ、ってのがある。あとでひっくり返したけどね。もう一つは、僕が君に告白したそれだね」
「同性愛者だった、ってことか」
「そう。僕ね、女の子に全く興味がなかったし、今もない。だから、中学校の図書館でそういう本を読んで、それからはずっと、自分はゲイだと思ってる。君みたいな背の低い美少年が好みでね、クラスにいたそんな感じの子にそういう感情を持ってた」
 同士か……おい待て、俺は美少年なんかじゃないぞ。お前と同じ三十路(じ)なんだが。
まあ、こいつも年の割にはかなり美形だと……いや、そうじゃなくて。
「顔に出てるよ、『俺は美少年なんかじゃない』って」
「……お前っ」
 こいつ、中身は本当に全然純朴じゃない。心を読むとか、エスパーかよ。
「でも綺麗だよ、君」
 そこで俺を真っ直ぐ見るな! 色々と持たねえし、腹も立つ。本気で怒ってる訳じゃねえけど。綺麗って、男に言う台詞じゃ……
「褒められてる気がしねえ」
「とても褒めてるよ。あるいは、惚れた色眼鏡なのかもしれないけど」
「そういうことにしておけ。それで、結局どうしたんだ」
「文系に進んだけど、こっそり理系科目も勉強して、親と担任に嘘をついて、一校だけ難関の理系を受けたよ。○○大学の理工学部なんだけど」
「ああ、知ってる。相当難しいらしいな」
「まあね。でも受けてみたら、そこが受かってね」
「マジかよ」
 頭はいいと感じていたが、それは確からしい。見た目は猫っぽい、頭はいい、でも時々意地悪で、おそらくは策士……話は面白いが面倒なヤツに惚れたし、惚れられたもんだ。

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