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 家に帰ってすぐ、ちょうど同じタイミングで帰ってきた息子の荷物の片付けを一緒にやり、それが終わった頃に帰ってきた女二人と合流してファミレスに出かけ、帰りに久しぶりに銭湯に寄った。
 夜、いつものように、妻に隠れてスマホのメーラーを立ち上げる。今日、翔に贈ったものを、翔は開封しただろうか。一つ目の魔法―僕に万が一があった時のための術を仕込んだ拳銃と、それ専用の弾丸とを、もう見ただろうか。
『サプライズは開けたかい?』
 返信を待つ間に、メモ帳アプリを開いて、昼間思い付いた作戦の詳細を入力していく。隣で寝る妻には申し訳ないと思いつつも、僕はそれが、きっと最善策なのだろうと思っていた。
 夜はバイブレーションを切ってあるので、手動で時折メールを確認する。十分後、返信が一通。
『開けて、隅から隅まで見たぞ。どうかしたか』
 そこに、驚いただの、どうしてだの、そういう言葉はなかった。案外、冷静に受け止めたらしい。
――意外と腰は据わっているんだよね、この人。
『なら話は早いね。そこに書き忘れたことがあるんだけど…
それで確実に死ぬ方法、知ってる?』
 書き忘れた、というのは嘘だ。わざと、書かずにおいて、直接、問おうと思っていたから。なんとなく、その方が面白いと思って。
 また少し、メモ帳に書いて、メールアプリに戻ると、もう返信があった。
『口の中に入れて、そこから脳幹をぶち抜く、だろ?』
 おや、知っていたか。さては、一昔前に流行った自殺本を読んだか、それとも……
『その通り。当てると思ってたけど、本当に当てるとはね。
やっぱり君は――』
 最後に、ある人物の名前を添えた。それは、今はいないけれど、過去に確かにいた人。もし、彼がその名前に心当たりがあるなら、僕達の出会いは、前世から約束されたものだということになる。
 しかし、返信はなかった。寝落ちたのだろう。
 まあ、別にいいのだ。前世なんて終わったこと、それより、僕達にとっては、この今と、この先のことの方が大切なのだから。

 翌日、また飲み会だと嘘をついて、気まぐれに選んだカフェに入った。そして、知り合いのいないことを確認して、奥の席に座って、グリモワールと、新しい紙と、ペンと、ピーチティー。左手の薬指の指輪も、職場でしていた、妻とお揃いのものから、翔とお揃いのそれに交換する。
 延命の魔法を練るのは一旦やめて、新しい魔術の錬成に取り掛かることとした。きっともう長くないであろうこの命、僕はその間、この楽しいけれども辛い逢瀬を少しでも長く続けることよりも、魔術によって、強引にでも状況を変えて、翔の側に長くいることの方を選ぶことにした。
 もし、これが成功したら、翔とよりよい関係を築けられるだけではなく、僕に万が一のことがあった後のことも、僕の望む方向に誘導できる。
――成功すれば、の話だけれど。
 しかし、これに賭けるしかないのもまた、事実。僕は未練を残したまま、この世界から消えるわけにはいかないのだ。そのためなら、僕は手段を選ぶつもりはない。
――性格が悪いと、言われてもいい。
 たとえ、翔にも。僕の勘が告げているのだ、あの人は、僕が何をしでかしても、僕を裏切ることはない、と。


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