30

 それから、また、家族連れやカップルの多い中をふらふらと。北欧系の輸入雑貨の店に、澪が興味を示したので、一緒に入ることにした。
「何か、買うのか?」
「水筒を新調しようかと思ってね。前、他のアウトレットで、水筒を売ってるのを見たことあるし」
「そうか」
「君も、何か欲しかったら持ってきていいよ。今日は全部僕が持つから」
「いいのかよ」
 今度は、答えが分かっていながら、そう聞いた。すると、澪は微笑んで、こう言うのだ。
「何か問題でも?」
「大いに結構だ」
 彼がその辺の雑貨を物色している間、俺は壁に沿った棚に置いてあった、黒い花の形のような傘立てが目に付いた。ちょうど先日、長年使っていた、格子状の玄関の傘立てが古くなって壊れたところだった。これなら、サイズもちょうどいいし、立てる穴が六つあるなら、来客にも十分対応できる。
 価格を見ると二千円弱。この際、価格は気にしない。写真を撮って、自宅で誠次とまったりしているであろう妹に、これいるか、と問うた。返信は、すぐに来た。
『おう、いい感じじゃねえか』
『買ってこい』
 俺はその傘立てを持った。意外と重い。そうだな、軽いと傘を支え切れねえよな。
 澪のところに戻ろうか、と思って振り向くと、すぐそばに来ていた。手に持ったカゴには、藍色の水筒の箱と、なぜかチョコレート入りマシュマロの袋が入っていた。
「それ、買うの?」
「家のが壊れたからな。妹に聞いたら、買ってこいって」
「うん、分かった。いいよ」
「ん。そのお菓子は?」
「気が向いたんだよ。あとで食べる?」
「さあな」
 俺達はそれでレジに向かった。もちろん、会計は澪に任せる。
 それで、時刻はもうすぐお昼時。ゴールデンウィークで混んでいる、ピークの前に食べようと、食堂に向かったが、それでも席はほとんど埋まっていた。辛うじて見つけた二人がけのテーブルを確保し、澪が先に注文しに行った。
 待っている間に、フードコートをぐるっと見渡して、自分でも食べられそうなものを探す。辛かったり、量が多かったりするものは食べられないからだ。
 その中に、美味しそうなチーズドリアを見つけた。これぐらいなら、食べられそうだ。最近野菜不足だから、サラダも添えて。それで十分だ。
「おまたせ」
「先食べていいぞ」
 澪は出来たてのかき揚げうどんを持ってきた。うどんなら待っている間に伸びるだろう、そう言い残して、事前に預かっていた千円札が腰ポケットに入っているのを確かめて、その店の列に並ぶ。
 その列の、自分の一つ前に並んでいる人に見覚えがあった。そうだ、最初に入った店で、服を試着していた人だ。しかし、別段、声をかける理由もない。向こうもこちらに気付いていないだろう。
 だけども、幸か不幸か、黒い財布を持った手を、後ろで組んでいるその人の、左手の薬指に、指輪がはめられていることに気付いてしまった。石ははめられておらず、安物のようだが、きっとあの二人には、それで十分誓いの役割を果たしているのだろう。
――誓い、か。
 俺は、澪に何も誓えない。澪の方もまた、俺には何も誓えないだろう。
 海ほたるでお揃いで買った、イルカのキーホルダーは、俺はずっと携帯電話に付けているし、付け場所を迷っていた澪は、今日は俺と同じようにしていたが、多分、今日ばかりだろう。
 それは、お揃いとはいえるものの、誓いとは言えるのだろうか。ある意味、そうかもしれないが、なんだか、違う気もする。
 いや、違う。これはあくまでも「『今』、恋人同士でいる『証』」であって、「ずっと一緒にいる『誓い』」ではない。
 順番が回ってきて、前にいた人はピザを一枚注文した。そして俺も、チーズドリアとサラダのセットを頼んで、千円札を出した。番号札を渡されたものの、澪のところに戻る気にもならなくて、まあすぐだろうと踏んですぐ近くで立って待つこと数分、トレイに載せられたそれを受け取り、ついでに二人分のお冷を汲んで戻った。
「お冷、取ってなかっただろ」
「君が戻ったら、取りに行こうと思っていたところだよ。ありがとう」
 ずいぶん時間が経ったと思っていたが、実際にはほんの十分と少しだった。澪はまだ、うどんの麺もかき揚げも、それぞれ半分も食べていない。
――やっぱり、何か……
 俺は猫舌だ、熱を逃がすために、ドリアにスプーンで切れ目を入れてから、サラダに手をつける。しかし、その間も、考え始めたことは止まらない。
――澪は、正妻との指輪、持っていたよな。
 それ以外に指輪を持つのは、ああ、やはり、おかしいか。すぐにちぎれてしまうかもしれない、俺達には、余計に。
――誕生日デートだから、何かくれるだろうか、それらしいものを。
 澪をちらりと見る。自分用の服は買ってくれたものの、まだ、きちんとしたプレゼントはもらっていない。……しまった、視線が合った。
「どうしたの?」
「……いや、別に」
 即座に逸らすがしかし、ドリアを掬った(すく)ところで、その大きいが繊細な手で、あごを持ち上げられた。
「ごまかそうとしても無駄だよ。ちゃんと言ってよ、言いたいことがあるんだったら」
 真剣な眼差し。だけども、食べながらそれはナシだと思う。
「……一口食わせろ」
「はいはい」
 少し冷めたのを確かめながら、慎重に、慎重に食べていく。……澪に凝視されながら。
「食べにくいんだが」
「そう?」
「お前こそ伸びるぞ」
「それもそうだね」
 言われて、澪も箸を再開する。その間に、もう一掬い。
「で、何なのさ」
 改めて、そう言われる。しかし、こればかりは、なかなか。
「……やっぱ、言えねえよ」
「……そう」
 俺達には、そうだ、キーホルダーと、たまのセックス程度がお似合いだ。それ以上は、求めちゃいけない。
 小さなガラスの器に入っていた、残り少ないサラダをかきこむ。それで、全部、この欲も飲み込んでしまえばいいのにと、そんな淡い期待は、飲み込んでもなお、残っていたそれによってかき消される。
 向かいからも、麺を啜(すす)る音と、かき揚げを囓る音が聞こえる。それにほっとするものの、ドリアの新たな一口を掬ったところで、この次、どうしたらいいのかが分からなくなる。
――いや、食べるのが先だろう。
――難しいことは、一先ず脇に置いて。
 もう、一口ごとに、息を吹きかけて冷ますことも必要なくなったそれを、一口、また一口と進めた。複雑な気分で食べたそれは、正直、どんな味だったのか、覚えていない。
 食べ終えて、改めてどうしようか、と思った、その時だった。テーブルの下、膝の上に、軽い衝撃を感じた。
 澪を見上げると、うどんの器もスープだけになっていて、また、そこをトントンと叩かれる。
「行こう」
「あ、ああ……」
 食堂はますます混んできていた。確かに、ここにずっと居座るわけにもいかない。食器を各自で下げて、俺はお手洗いに行く。
 あまり食べていないのに、胃もたれを感じて、個室に入って、水なしで飲める胃薬を飲み込む。
――だめだ、足りない、
 発作が起きそうな感じがしたので、酷くなる前に、そのための薬も吸入する。
 それから、何もつけていない十本の指を見ないようにして、深呼吸をして、発作の予感を飛ばして、自分を取り戻そうとする。
――原因を作ったのは、俺であるくせに。
 隣にいないうちは、逢いたくて苦しい。仕事に打ち込んでいる間は、忘れられるが、それ以外の時には、いつ逢えるをふと数えてしまう。
 だが、逢ってしまえば、今度は離れ難くて、一方で、ふとしたことで、気持ちが変に空回りして、どう接すればいいか分からなくなって苦しい。
――これも、恋の病、か?
――それにしては、重過ぎる。


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