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 それからは、二週間に一回ぐらいのペースで会うようになった。次がいつか分からない、とお互い思っていたからか、二人とも長期間逢えないのが堪(こた)えるタイプだったらしい。澪は飲みに行くと妻に伝え、俺は正直に妹達に言い。
 適当な店に入って、割り勘で食べて、俺の家に来て、一度だけやることをやって、終わったら澪はすぐに帰って行く。そんな日々が、三ヶ月ほど続いた。
 そして、四月の終わりのある日。いつものように、寝る前にメッセージのやりとりをしようと思って、携帯電話をつけると、既に澪からのメッセージが入っていた。
『ゲイでも入れる、よさそうなラブホを見つけたんだ。君の誕生日祝いを兼ねて、泊まりがけで行きたいんだけど、どうかな』
 色々と突っ込みたい文面だった。しかし、会えることに間違いはない。だが、泊まりがけとなると、家族は大丈夫だろうか。
 そのような文面を書いていると、先に向こうから、次の文が届いた。
『家は空っぽになるから、心配いらないよ。息子は一泊二日の自然学習会だし、正妻と娘は二泊三日で子供会の旅行に行っちゃうから』
 なるほど。それは好都合だ。
『いいぞ。俺も賛成だ』
 ゴールデンウィーク、最後の二日間。息子が家を出た後、帰ってくるまで、俺が澪を独占する時間。



 男二人でいても、不自然ではないところで、ということで、あるアウトレットモールに行くことになった。ここなら、一日中いられるからだ。 澪は、法的な家族には、「大学時代の友達とアウトレットで遊んでくる」と言っているらしい。
 待ち合わせは、そのアウトレットモールの最寄り駅。逆方向から来る俺達、先に澪の方が到着していた。マスクをしていても、その長身ですぐに彼だと知れた。
「待ったか」
「いや、それほどでも。行こうか」
「ん」
 今日は晴れ、ちょうどいい気温。俺は体調に問題がなかったので、マスクは一応、持ってはいるが、しないでおく。
「目当ての店とか、あったりする?」
「いや、特には。適当に見ればいいだろ」
 一番の目的は、澪といることだ。そのための場所が、たまたまそこであるだけであって、買い物は、してもしなくてもいいのだ。
 女性向けのエリアを通り過ぎて、男性もののブランドの店を見つけた。そのブランドは、小さいサイズも扱っているので、俺もお世話になったことがある。店頭に並んでいるマネキンが着ている服が気になったので、その店に入った。
「なあ、ハル、どうよ?」
「いいんじゃねえか、てかお前は、何を着ても似合うだろ」
「そんなこと言わないの」
 試着室付近、相手を待っているのであろう、美形で巨乳らしい女と、試着室の中にいる誰かとの会話から漂う、濃厚な、しかしどこか普通の男女とは違うラブラブオーラ。それを感じたのは俺だけではないらしく、澪がさりげなく手を握ってくる。
「おいこら」
 と口では言いつつも、それを離せない俺がいた。
「いいでしょ、別に。ああほら、あの服じゃない? マネキンが着てたの」
 もう片方の手で、ハンガーにかけられていたある服を指差す。青と赤を中心としたチェック柄。俺は服装に頓着しないから、それはいつもワンパターン。チェック柄のシャツをたくさん持っていて、ほぼ年中着回しているが、それは俺が持っていない感じのものだった。
「ああ、そうだな」
 澪がそのシャツを取った。それから、俺に当てがってくる。
「似合うんじゃない? 試着する?」
「するに決まってんだろ。合わなかったら困る」
 商品タグを見ると、俺に合いそうなサイズだった。しかし、気になるものは気になるのだ。
 ラブラブな二人は、試着していた服を買うと決めたらしく、試着室から撤収してレジに向かっていた。空いたそこに案内され、ご丁寧に澪が既にボタンを全部外したそれを着てみる。サイズ感はちょうどよかった。鏡に映る自分の姿も、我ながら悪くない。
 だが、一度閉めた試着室のカーテンを再び開けようとするとき、そこに澪がいることをふと意識してしまう。
――初めて着る服を見せるのが、恋人になる日が来るとはな。
 幸せ半分、照れ半分。そっと少しだけ、カーテンを開けて、違う方向を向いていた澪を呼んだ。すると、よく見えないでしょ、と、一気に全開にさせられる。大胆なそれにどきりとしてしまった自分が悔しい。
「……どうだよ」
「うん、かっこいいよ、十分。僕が買ってあげるよ」
 別にそんな必要はないのに。俺も外に出て働いているのだ。が、しかし。
「え、でも」
 瞬間、視界がゼロになった。何をされたのかは、考えなくても分かった。マスク、いつの間に外してたんだか。
「僕は君に尽くしたいの。今はそういう気分でね」
「……場所をわきまえろ、場所を」
 俺に意に沿わないことを言わせないためのキッス。まあ、彼には嫁と子供がいるのだ、それを考えても、誰かの世話をすることには慣れているし、急に立場が変わるのを嫌うのだろう。気まぐれに付き合う、というのもある。
「まあ、好きにしろ」
「君ならそう言うと思ったよ。ていうか、今日は誕生日祝いで来てるんだからさ」
「……そうだったな」
 断じてそのことを忘れていたわけではない、断じて。
 カーテンをピシャリと閉めて、元の服に着替えて、試着した服を澪に突き出した。言ったことは、実行してもらわなければ困る。
――俺の彼氏として、な。
「じゃあ、払ってくるよ」
「ラッピングはいらねえからな」
「えー、頼もうかと思ってたのに」
「中身が分かってんなら意味ねえじゃねえか」
 靴を履きながら、レジにその姿を送る。
 別に、男女のカップルでいう、男らしい立ち位置、女らしい立ち位置を意識しているわけではない。しかし、これまでの相手に対しても、基本的には受け身でやってきたのだ。それなら、澪がリードしたいのなら、彼の好きにすればいいし、俺もリードされる側に収まっている方が楽だ。ただ、それだけのことだ。
「ありがとうございましたー」
 クレジット一括払いで、澪は颯爽(さっそう)と店の外に出てくる。その黒いブランドのビニール袋に手を伸ばそうとしたが、予想通り引っ込められた。
「僕が持つよ」
「じゃあ、任せた」
「あ、でも、その代わり」
 引っ込めた反対側の右手が、ジーンズのポケットに突っ込まれたかと思うと、レシートが出てきた。さっきの店のだ。
「これは君が持っててよ」
「おう、そうだな」
 理由は、言わずもがな察した。


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