28


「……今日は休みな。誠次には言っておくから」
「わりい……」
「いいっての。会社には?」
「もう電話した」
 夜中に寒気と頭痛がして目が覚めた。喘息とは別に、ガキの頃からしょっちゅう熱を出すやつだったから、枕元に常備してある体温計を突っ込めば、軽く38℃を超えていた。
 朝になって、下がっていれば、という淡い期待は、午前八時、あっけなく打ち砕かれた。今は便利だ、携帯電話で会社に連絡を入れ、メールで妹を呼びつけた。
 心当たりはいくらでもあった。二日前の激しい行為、昨日の寒い屋外、車内で及んだセックスに、愛おしい人との別れという、明らかな心傷。
「……帰ってきてから、ずっと様子がおかしいとは思っていたけれど」
 仕事に行った妹と入れ替わりに、誠次がコンビニの袋を携(たずさ)えて入ってきた。中身は、軽食のゼリーと、服薬用の水と、スポーツドリンク、それに薬。
「色々あるんだよ、色々」
「まあ、オレもその気持ちは分かるけどね」
「そうかよ」
 とりあえず、空腹を満たすために、桃のゼリーを開けて食べる。誠次は俺のベッドに腰掛けた。
「恋の病か、知恵熱か」
「経験、あんのか」
 何か、今の俺にためになるようなことを話すつもりらしい。それを促すように言葉を紡ぐと、照れくさそうに頭を掻いた。
「あるよ。オレ、真緒ちゃんと会うまで、ちゃんとした恋愛ってしたことなくてさ。いっぱいナンパはしたけど、本気になれる子はなかなか、いなくて」
 おいおい、俺と似てるじゃねえか。
「それで、彼女に出会って、本気で好きかも、って自覚したら、その晩に急にふらってきて、その時はただの立ちくらみかな、って思って、そのまま寝たんだけど、朝になったらめちゃくちゃ頭が痛くて……」
「そうだった、ってことか」
「そゆこと。友達からさ、そんな話は聞いていたけど、本当に自分の身に降りかかるとは思ってなくて……」
「で、誰か呼んだのか?」
「流石に真緒を呼ぶ勇気はなくてね、連絡先は知ってたけど。友達呼んで、こんな風に、いろいろ買ってきてもらったなあ」
 懐かしそうに話すそれは、どこか楽しそうで、幸せそうで。その様子に、心の奥が少し痛む。
 しかし、こいつは、澪とのことを、正直、どのように思っているのだろうか。もし、悪い答えが返ってきたら、それこそ体調に影響しかねない、とは、熱でやや思考が鈍った頭でも分かっていたが、どうしてか、聞かずにはいられなかった。
「なあ」
「うん?」
 久しぶりに、誠次は俺の方を見た。陽気そうなその表情に、申し訳ないと思いながら、その言葉をぶつける。
「お前は、どう思ってるんだ。その、俺と、澪のそれは。お前が、あいつのこと、どこまで知ってるかは分からないが……」
 すると、一瞬、うつむいて、しかし、すぐに笑顔になって、心配すんな、と、俺の肩に手を置いた。
「オレの持論だけどさ、恋ってのは、どうしようもねえもの、なんだと思う。いつ、どこで、どんな人に恋するかだなんて、ぜんっぜん分かんない。だからさ、それを受け入れるしかないんじゃないかなあ、って」
「それが不倫になるとしても、か?」
「そう。もしかすると、その方が、お互い幸せだったりするかもしれない。彼の事は真緒からよく聞いてるけど、お前達はそうじゃないの? 結婚は不本意で、不倫相手に本気だなんて」
「まあ、そうなっちまうが……」
 肩から手が離れる。そして、立ち上がった。
「幸せがそこにあるんだったら、それをがっちりと掴んで、離さないでおくべきだよ。そう、絶対に離しちゃいけない。お互いが、どういう立場であろうとね。オレはそう思うよ」
 それは、どこか、誠次本人に言い聞かせるようでもあった。もしかすると、何かあったのだろうか。そう察したが、下手に傷つけてもいけないと思って、聞くことは慎んだ。
 彼は部屋の出口に向かって歩き出す。ドアを開けようとしたところで、振り返った。笑っていた。
「じゃ、ゆっくり寝ててよ。何かあったら遠慮なく呼んでいいからな、今日は一日家にいるつもりだし」
「あ、ああ……」
 彼が出て行って、ドアが閉まる。俺は残っていたゼリーをすべて食べて、薬を飲んだ。
 最近の世間では、高熱でなければ、無理に熱を下げるべきではない、とも言われているが、俺の持病を考えると、少しでも早く、熱を下げておきたかった。
 枕元の電気を消して、布団に潜り込む。携帯電話が目に入って、昨日のメッセージの返信を確認していないことを思い出し、画面を点けた。澪からのメッセージがあった。
『奇遇だね、僕もだよ。疲れちゃったから、僕はもう寝るね』
 メッセージが返ってきたこと自体に、俺は一安心した。だが、自分が体調を崩したことは、余計な心配をかけると思って、澪には伝えなかった。


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