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※R指定はしていませんが、自慰シーンがあります。



 こんなに哀(かな)しい別れを、俺は経験したことがなかった。
 今まで、身体だけの、しかもその場限りの刹那的な関係ばかり持ってきた。その人数も、いちいち数えたり、覚えていたりはしていない。
 そういう場所に行って、良さそうな相手がいれば、一夜限りでその人の相手をして、気が済んだらサヨナラ。特定の相手を見つけて、その人とだけ行為をした方が、感染症などのリスクを考えると安全だ、ということは知っていたし、大人になっても、恋愛的に気になる相手は何人かいたが、いかんせん告白する勇気がなかった。
 告白されたことは、片手で数える程度はある。それに応じて、いわゆる「お付き合い」をしてみたこともある。だが、された相手にそこまでの好意を抱(いだ)いたことはなく、抱くこともできず、カラダを重ねることはあったが、早ければ一週間、長くても半年で別れてしまっていた。もちろん、俺はあまり本気ではなかったので、別れることにさほど感情が動かされることもなかった。
 それに比して、澪との出会いと、その後の展開は、今までにないほどの衝撃だった。有無を言わさない一目惚れ、(本人はそうではないと主張するが)事実上の不倫関係、性行為にも積極的で、その長身に包み込まれると、もっと縋(すが)りたくなって、離れられない。これほど、俺を虜(とりこ)にした相手がいただろうか。

 澪の最寄り駅で彼を下ろし、俺達の家まで車は走った。その間、時計の上では二十分ぐらいだが、俺には永遠にも思われた。温もりの残る左側に、手のひらを伸ばして、その残り香を感じる。香水は付けていなかったが、どこか安心できるような、そんな香り。
 妹達は空気を読んだのか、声をかけなかった。それでよかった、かけてくれなくて良かったのだ。
「……着いたよ」
 ガレージに車を入れてから、運転していた妹は後ろを向いて、それだけ言った。
「ん」
 黙って車を降りて、誠次が家の鍵を開け、一番最後に俺が入る。
「風呂、先に入っていいよ」
「……どうも」
 妹が湯船に湯を張り、入浴剤を入れている間に、俺は自室に入り、何も考えずに着替えの用意をし、湯が溜まったと妹が言いに来れば、淡々と浴室に入り、服を脱いでシャワーを浴び、肩まで白い湯に入った。
――大丈夫だろうか、あいつは。
 そこまで来て、やっと緩慢になっていた思考が解(ほど)ける。走馬燈のように思い浮かぶのは、この二十四時間の思い出と、別れ際の寂しそうな顔。
――まあ、大丈夫じゃないだろうな。
 あいつは猫のように飄々とし、俺は素直になったりなれなかったり。しかし、態度が違うとはいえ、根は同じだと思っていた。最後に、どちらからともなく、自然に繋がったのを見れば、あの時、思考の収束点が一致していたのは明白だった。
――ああ、こら、そういうことは考えるなよ。
 生々しい、しかし美しくも思えた、車内での行為を思い出して、すっかり冷えたはずの奥が微かに熱を持ち、締まるのを感じた。
――本人、いねえのによ。
 首を振って、その考えを追い払おうとする。しかし、追い払おうとすればするほど、あの綺麗な顔が、俺より背が高いくせに、俺より高めの穏やかな声が、脳裏にへばりついてきて離れない。
 この後のことを考えて、俺は速やかに湯船を出た。記憶の想起だけで兆し始めているものを無視して身体を拭き、服を着て、顔に化粧水を塗る。
「入っていいぞ」
「おう」
 居間のこたつに入っていた、明日は休みだという誠次に声をかけ、俺はすぐに自室に引っ込んだ。枕元の電気を点けると、そういえば約二十四時間前もこの明かりを点けていたな、と思い出してしまう。
「んっ……」
 無意識のうちに、その形をはっきりさせてきたものに手が伸びていた。つい先程まで、澪に触られていたそこは、まだその手の感覚をはっきりと残していた。
「あっ……う、んっ……」
 外に聞こえていたらまずい。寝転がって、枕に口元を押し当てて、我慢ができそうもない嬌声を押し殺す。
「ん、ふ、あっ……」
 服の上からでは物足りなくて、直に触れようと、下着の中に手を伸ばす。
「あっ、んっ、ああっ……」
――『その可愛い声、好きだよ』
 そんな声がして、あいつが触ってくれた、一番いいところに触りたくなって。
「あっ、あっ、い、く……っ」
 零れる白い愛の液体。本能的に、ベッドの枕元にある箱入りのティッシュをひったくって、その一、二枚で、溢れたものを拭き取った。
――何をしているんだ、俺は。
 襲いかかる空虚感。常日頃の自慰でも感じているそれはしかし、いつものそれよりも大きく。だが、それでもまだ、あいつのすべてが見え隠れする。
 くずかごに吐精の痕を投げ捨てて、ズボンのポケットの中に入れたままの携帯電話を引っ張り出した。メッセージアプリを起動して、さきほど送ったばかりで、一番上に来ているその名前をタップして、一言だけ。
『逢いたい』
 ああ、まだ離れてから、二時間も経っていないのに。
――重症患者。
 明日は仕事だ。だが、準備する気にはならなかった。
 一晩眠って、起きて、頭をすっきりさせて、それからでもいいか。そう思って、携帯電話をマナーモードにして、目覚ましを入れて、布団に潜り込んだ。


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