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「で、これからどうする?」
「まだ全体は見てないだろ。ごはんにはまだ早いし、見ていかないか」
「いいよ」
 それから、ぐるっと見ようと歩き出すと、ポストが気になると、澪は言い出した。投函すると、一年後に配達されるという仕組みらしい。俺は今まで、その存在を気に留めては来なかったが、記念だから、何か出そうよ、と彼は言う。
 普通の葉書じゃ、書くことに困るから、適当なポストカードを、と言われて、お金を渡されたので、俺は風の塔の写真入りのポストカードと切手を買った。それから、そのポストの横にある台で、先に切手を貼り、左手でボールペンを取り、横書きで俺の家の住所を書く。
「綺麗な字だね」
「別に褒められるようなもんじゃねえよ。――コメントは」
「何でもいいじゃない。『まだ俺達は、幸せでいるだろうか』って感じで」
「じゃあそれ採用な」
「いいの?」
「……いいんだよ」
 不器用な自分には、気の利いた言葉など思いつかない。小説を書いているのなら、そういうことはないだろう、と言われそうだが、執筆の時に言葉を繋げていくのと、咄嗟(とっさ)に捻った愛の言葉を思い浮かべるのとは別問題だ。
 でも、澪が言ったそのままを書くのも何だか癪(しゃく)で、そこは少し、変えてみることにした。そしてそれは、澪が書くのが相応(ふさわ)しいと思って、ボールペンを澪に突き出した。澪の筆跡が欲しかった、というのもある。
「お前が書け」
「えー、何で」
「言い出したのはお前だろ」
 事実だけども、適当な言い訳をしてみるが、思いの外、あっさりとそれを受け取ってくれた。
「ああ、それもそうだね。で、どうするの? 僕が言ったそのままは変でしょ、僕が書くには」
「……『まだ、僕と君は、幸せにしていますか?』」
「そう来るんだね」
 澪の字は小さくて、丸っこかった。まるで、女の子が書くようなそれで。
「だって、届くのは俺のところだろ。少しは、こっちの方がロマンティックじゃねえか」
「かもしれないね。届いたら連絡してよ」
「当たり前だ」
 澪はその一言を書き終えると、右下にサインを添えた。
『青井 澪』
 そして、記念スタンプを空いているところに押して、少し振って乾かして、ポストに半分入れたところで、何故かそれを引き上げた。何をしているんだ、と思っていると、自分で書いたメッセージに、口づけを。
「な……」
 心臓がどくり、と騒いだのを誤魔化せなかった。その間に、今度はさっと、それをポストに入れてしまった。
「だめかい?」
「い、いや……んっ」
 馬鹿野郎、そこで唇を奪うのかよ!?
「……お前っ」
「一瞬で赤くなった君が可愛くてね、つい」
「ついって……」
 だが、そのキスが心地よかったのも、また、事実。俺は反論の言葉を失った。
「……トイレ行ってくる」
「奇遇だね、僕も行きたいと思ってたんだけど」
「勝手に付いてこい」
 俺は自分のスピードで歩く。その後ろを、のんびりとあいつが付いてくる。断る理由もないので、隣で用を足していると、落とさないようにシャツのポケットに入れていた携帯電話が震えた。
 その内容を確認しようと、トイレを出てから、ポケットからそれを出すと、澪も腰ポケットからそれを出した。
「あれ、君の妹さんからメッセージだ」
「ん、俺のもそれだな」
 俺達四人によるチャットに、何か画像が送られたらしい。そのチャットを開く、と……。
「げっ」
 あろうことか、それは先程のキスシーン――しかも手書きの赤いハートで俺達を囲んでいて――
「わー、お宝だ」
「何がお宝だよ!? 消せ! つか近くにいるな、探してくる!」
「無駄だと思うよ」
 と、あいつは上着の裾を引っ張って引き留めやがった。
「何でだよ」
「送りつけられた時点で、気付かれないところに移動してると思うよ。それに、会ってどうするのさ、君は妹さんに何か言えるの?」
 正論だった。今顔を合わせたところで、何かいい反論の言葉がある訳でもない。俺はあっけなく抱き寄せられる。抵抗はしなかった。
「それに、せっかく二人きりでいるんだからさ。ぎりぎりまで、ずっと二人でいたいよ」
「……それもそうだな」


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