19


 どれぐらいの間、そうしていたのだろうか。言葉も交わさず、ただ、ずっと、手を重ねて、海を眺めて。いつしか、お互いの身体を傾けて。
 気がつくと、他の椅子に座る面々は、すっかり変わっていた。時計は、四時半。足湯の席数は限られている、あまり長居するのもよろしくない。
 備え付けられていたタオルで足を拭いて、服を元通りに。
 時間は、あと四時間。それは長いようで、俺達にとっては、とても短い。
「どうする?」
「どうすっかな……土産でも買うか?」
「いいね」
 土産物屋が、目の前にあった。目に入った、「海ほたる限定」と書いてあるクッキーやせんべいを、職場用に二、三個見繕う。海産物の瓶詰めもあるが、これはきっと、妹達が買うだろう、いつも彼女らが買っているから。
 澪もカゴを取って、一箱、二箱それに入れる。家族にでもあげるのだろうか、それとも。そもそも、あいつは正確な行き先を「法的な家族」に伝えているだろうか?
 ここは会計は別々だろう。そう思って、俺はレジで、クレジットでさくっと支払いを済ませた。が、澪の姿が見当たらない。
――どこ行った?
 首を回してみると、店の端の方、食べ物以外のグッズコーナーで、何やら物色している長身が見えた。澪だ。
 驚かせようと思って、そっと、そっと近づいてみたが、あと少しのところで、あっけなく振り向かれた。
「探しに来ると思ったよ」
「離れるなら一言言えよ」
「心配した?」
「……別に」
 少しは、焦ったのだが。焦るほど、自分の中で、あいつの存在が大きくなっていることに気がついて、気付かれない程度に一瞬、目を伏せて自嘲した。
「で、何しているんだ」
「せっかくだし、こういうものの一つぐらい、欲しいでしょ」
 物色していたのは、限定のキーホルダーのコーナーだった。俺は何回も来ているので、今更買うようなものではないが、初めてなら、手元に残る記念品は欲しいだろう。
 しかし、男らしい、ぎらぎらしたデザインのものではなく、イルカやキャラクターものの方をよく見ている。携帯電話のカバーも猫のイラストだったし、可愛い物好きなのだろう。まあ、そんな顔をしているし、雰囲気だし、別に変だとは思わなかった。
「ねえ、翔」
「ん?」
 澪は、イルカと、十二の月をイメージした色の石がプレートにはめ込まれているものに触れていた。プレートには、月の名前が、英語で刻まれている。
「君、何月生まれ?」
 その質問で、あいつの意図を読み取る。
――色違いでお揃いにするつもりか。
 だが、それは口に出さずに。出す必要もない。
「俺は五月だ。五月十八日」
「じゃあ、翡翠(ひすい)だね」
 透明な青いイルカの下に、緑色の石のついたそれを、あいつは手に取った。それから、もう一つ、十二月、深い青の石のそれを。
「十二月生まれか」
「クリスマスイブだよ。これはラピスラズリかな。――十二月二十四日、午後十一時五十八分。変だよねえ、聖夜に祝福されながら生まれた人が、若くして病(やまい)に好かれるだなんて」
 少し、寂しそうな顔をして、その二つのキーホルダーをカゴに入れず、手に持って、レジの方に歩いて行く。俺は一瞬、気後れしたが、再びあいつを見失うまいと、その後ろを付いていく。
「それは……」
 どう、返せばいいのか、分からなかった。どんな言葉も、不適切な感じがした。言葉を途切れさせたのに気付いたのか、あいつは立ち止まって、振り返って微笑んだ。
「何も言わなくて良いよ。あるいは、それも神様からの贈り物なのかもしれないからさ」
「お前は、信じるのか。神を」
「非宗教的なそれはね」
 あいつは、その二つのキーホルダーも、あいつの金で払った。レジ応対をした店員が、キーホルダーを紙袋に入れようとすると、「すぐに付けますので」と断っていた。
 窓辺に椅子が並ぶが、それには座らずにもたれ掛かって、その様子を見ていた。やがて、持ち帰る手提げを片手に持ち、もう片手に、二つのキーホルダーを持ってやってくる。二つ並びで空いていた一つに座ったので、俺もその左側に腰を下ろした。
「君には、こっちを」
 通すところを指に引っかけて、俺に向かって差し出されたのは、俺の誕生月、翡翠色の石のものではなく、澪の色―十二月、ラピスラズリの方だった。
「え、逆じゃねえか」
 普通、自分の月のやつを持つもんだろ、と言外に込めるがしかし、澪は微笑む。
「わざとだよ。君の分は僕の色、僕の分は君の色。そうしたら、いつでも相手が側にいるって、そう感じられるじゃないの」
「……はいはい」
 そう言いながらも、澪の言い分に、納得してしまった自分がいた。好きな人の「色」を、自分の手元に置いておく。それを幸せだと思う。
――ああ、悪くねえな。
 紙袋に入れられず、裸のままで渡されたそれを、俺は早速、スマートフォンのカバーの側面に開いている穴に通してつけた。
 一方で、澪は、翡翠色のそれを、右手の指に引っかけて、目の前で揺らしている。
「付けないのか?」
「どこに付けようか、迷っているんだよ。だって、君の色だし、月の名前も入っている。日常使いするものに付けて、法的な家族に見つかったらどうするのさ。僕の家族、五月生まれは誰もいないし。――そうだね、どこにも付けない、というのも、ありかもしれない」
 ああ、それは確かに、まずいことになりかねない。
「隠しておくのか」
「そうするしかなさそうだね。また、考えて、適当なところに忍ばせておくとするよ」
 そう言って、鞄の内側のポケットに、それを落とした。


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